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愛とはいったい何?恋とはまったく違う愛について考察!

愛とはいったい何?恋とはまったく違う愛について考察!

愛とは何かという問題は、哲学的かつ宗教的な深い問題です。場所や時代を問わずいろいろな哲学者や芸術家などがその答えを探求してきましたが、いまだに私たち全員が納得するような答えは出ていません。そのため、私たちの身近にありながらも愛は説明することがかなり難しいものといえるでしょう。しかし、私たちは誰かを愛したり誰かからの愛を感じたりすることがしばしばあります。愛について深く追求していけば、愛の片鱗が見えるかもしれません。

愛するってどういうこと?

愛とはどんな気持ちかと問われたら、その答えは千差万別で人それぞれでしょう。愛するということはとてもハッピーな気持ちだと答える人もいれば、誰かを愛してしまったら失うのが怖くて不安になると答える人もいます。また、愛は崇高なものだという考え方や、重たい感情だと捉えることもできるでしょう。愛を辞書で調べると、「互いをいつくしみ合う気持ち」、「何かを大切に思うこと」などの感情であると説明されていることが多いです。その一方で、宗教的な見方をすればキリスト教の「他者に幸福を与えること」や、仏教の「自我の欲望」などといったまったく別の解釈で説明されています。愛について考えるとどんどんその正体が遠のいていく印象がありますが、愛は決してわかりやすい単純なものではなく、さまざまな意味が含まれているものだと考えられます。しかし、いずれにせよ愛には対象者(物)があり、自分の中から生まれたのち、対象者(物)に何らかの影響を与えるものだと解釈できます。

愛とはいったい何?恋とはまったく違う愛について考察!

愛と恋の決定的な違いはここ!

愛と似ているものとしてよく恋が例に挙げられますが、実は愛と恋はまったく別物といえます。何となく恋は異性に対して持つ感情で、愛よりも弱く壊れやすいというイメージがあるかもしれません。恋ははまってしまうと周りが見えなくなるほどのめり込むことがあり、恋がうまくいかないときには暴力的になることさえあります。恋はある種動物的な感情に近いものです。恋が多くの場合異性間でのみ発生する子孫を残すための行動に関連付けられているということからも、本能に密接したものだと推察できます。私たちにはより多くの相手との子孫を残そうとする本能があるため、同じ相手に長期間恋をし続けることは難しくなっています。そのため、恋はたいていの場合一時的な感情で、時間が経てば冷めていく傾向にあります。一方、愛は恋の先にあるとても人間的な感情です。異性間の愛の場合、初めは恋がきっかけでも同じ時間を過ごすうちにだんだんと心の交流が深まり、恋から愛へと感情が変化していきます。その結果、肉体的な関係を持たなくてもずっと一緒にいたいと思うようになります。たとえ相手が病気をしたり失職したりしても簡単に離れないのは、相手のことを愛しているからだといえます。「100年の恋も冷める」という言葉が表すように、恋の場合は相手が自分に利益をもたらさないと感じたら離れていくことが多いです。恋と愛の違いはまさにここにあります。愛は自己犠牲をしてでも他者に対してつくしますが、恋には自己を犠牲にしてまで何かをしようというパワーはありません。また、別の説に恋は1人でするものだけれど愛は他者がいなければできないものだというものがあります。つまり、恋は自分が良ければそれで良いという自己完結型の感情であるのに対し、愛は誰かのために何かをしたいという感情だということです。恋は子供でもできますが、愛はある程度の年齢や経験がなければ獲得するのは難しい成熟した感情なのです。

愛はカップルのものだけではない!愛の幅は広い

愛は異性間にだけ存在するものではなく、同性間でも家族間でも、または種族を超えても生まれます。家族愛を例にとると、親が子へ注ぐいつくしみの心や兄弟に対する愛情は、基本的に性別や年齢は関係ありません。家族間の愛情は一般的にとても深く、自分の生命を失ってでも愛する人を守る行動に出ることがあります。家族愛の場合は母性や父性といった本能に近い部分の愛情も見て取ることができます。深い友情が愛情に変わる友愛も、同性間で起こり得る愛のひとつです。同性は同じような悩みやストレスを抱えていることが多く、共感しあうことで愛情を深めていきます。種族を超えた愛とは動植物やペットに対する愛情です。動植物も長い期間一緒にいると、愛情が移ることが多々あります。長年一緒にいたペットが死んでしまったとき、ショックでペットロスという心の病にかかることは一般的に知られるようになってきました。大切に育てていた植物が枯れてしまった場合でも、涙を流すことは珍しくありません。また、人によっては愛用していたアイテムが壊れたり失くしてしまったりしたときに、喪失感で鬱状態になることもあるでしょう。このように、人間が感じる愛の対象物はとても広くなっています。対象物が異なっていても共通しているのは、一緒に過ごした時間の長さや思い入れです。愛するということは、人生のかけがえのない時間を一緒に過ごすということなのかもしれません。

真実の愛を求めて…

人間関係に悩んでいるとき、真実の愛はいったいどこにあるのだろうと考えることがあるかもしれません。私たちは他者を愛することができますが、憎むことも裏切ることも簡単にできてしまう生き物です。そのため、愛していたのに裏切られてショックを受けたということも長い人生の中にはあるでしょう。真実の愛は他者の中にあるものではなくいつも自分の中に存在しています。愛されることで愛を感じるのではなく、愛することで愛を感じられれば、それが真実の愛といえるではないでしょうか。愛には無条件の愛や条件付きの愛、かけひきする愛、一方的に受け取る愛などいくつかの種類があります。真実の愛とは無条件の愛であり、相手が何かをしてくれたから私もするというような愛は真実の愛とは呼べません。愛は抽象的であり、また個々人によって捉え方が違うため誰かから完璧に教わることが難しいものです。愛とは何かということは基本的に自分で見つけて理解するしかありません。しかし、両親や友人、身近なものから自然と学ぶこともできます。真実の愛は焦って探しても見つかるものではないので、時間をかけて少しずつ見つけていってください。

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