芥川龍之介の『蜘蛛の糸』と『杜子春』は、小学生でも知っている話であるが、日本人の「あの世(他界)観」を、これほど簡潔に描写している物語を私は知らない。すなわち、極楽には蓮池があり、「池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへ溢れ」ている(『蜘蛛の糸』)し、地獄には血の池、針の山があり、「唯罪人がつく微かな嘆息ばかり」が聞こえる(同)とある。
地獄のほうの描写は『杜子春』のほうがかなり詳しい。剣の山や血の池のほかにも、焦熱地獄や極寒地獄があって、それらのなかに放りこまれた杜子春は「剣に胸を貫かれる」「焔に顔を焼かれる」「舌を抜かれ」「皮を剥がされる」「鉄の杵に撞かれ」「油の鍋に煮られる」「毒蛇に脳味噌を吸われる」「熊鷹に眼を食われる」と、なんともすさまじい責め苦が書かれている。