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よい言葉は心のサプリメント
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生き方・教養
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■どんな人にだって、あやまちや悩みはある

『よい言葉は心のサプリメント』
[著]斎藤茂太 [発行]二見書房


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平らな道でも、つまずくことがある。
人間の運命もそうしたものである。
神以外に誰もそうした真実を知るものはないのだから。
(チェーホフ/ロシアの劇作家)

 父たるものは父たるごとく、母たるものは母たるごとく、かくありたいと思うのは家庭を持つ者の共通の願いだ。そして、その思いは時代を超えても変わることはなかった。どうやら夫が権力を持ち、妻の頭を押さえつけた社会は前の戦争を境にして消滅したようだ。

 戦後の日本は、社会および国民の意識に急激な変革をもたらした。そして、不幸にもその反動が、個々の家庭に(ゆが)みを生じさせている。

 そのことが如実(にょじつ)に出ているのは、家庭内でのことだろう。妻が強くなり、相対的に夫が弱くなった。そのことによって、まず、子供の間題があれこれと起こっている。登校拒否、家庭内暴力、学校内暴力、そして殺人と、戦前には考えられなかった子供の様変わりは、いったい何を意味しているのか。これは、母親の過保護というより、多くは過干渉の結果にあるのではないか、と私は考えている。

 あの未曾有(みぞう)の戦争で、多くの国民がいやというほど傷ついた。物質的にも、精神的にも、である。その結果がこれだと思うと、やるせなくなってもくる。敗戦という大きなつまずき、その焦土から高度経済成長という未曾有の体験もした。そのおかげもあって、いまでは世界でも一、二をあらそうほどのモノに恵まれている。だが、その結果がこれなのである。

 たとえば、家庭内暴力などというものは、親の干渉過多によって育てられた自立心の弱い子供が引き起こすというケースがほとんどだ。いままではみんな親に寄りかかっていればすんだ。ところが、受験、就職などで大人扱いされるようになると、自分がどう振る舞えばいいのかがわからず、イライラが始まる。寄りかかっている親が大甘(おおあま)だと、どうも頼りにならず、子供は無意識のうちに、このままでは自分までがダメになってしまうと危機感を抱き、自分のことはさておいて親への攻撃的な態度を始める。

 そのあげくが、家庭内暴力であり、登校拒否、引きこもりとなる。最近ではこれに加えて、仕事に就かないニートというのもはびこりはじめた。世間という風にあたり、どう対処していいのかわからないまま、子供自身は袋小路に追い詰められ、生きていることの意味を見失うからだろう。

 しかしこれは、なんとも自己中心的な考えであり、自分の足でしっかり大地に立てない劣等感や不安が必ずともなっている。不幸にも、それをさらに解消するための行動が再び親への攻撃となり、最も悲惨な場合には親の殺人にまで発展してしまう。

 こういうケースでは、親の反省も強く求められる。子供がそうなったのは自分たちの責任だと思うことは誰にでもできる。しかし、なぜ生んだのか、なぜそうなったのか、親たるもの、子供を押さえつけてでもとことん話すべきだ。安易な妥協は許されない。

 私は母の「放任」と「干渉」と、ばあやの「大過保護」の(うず)のなかで育った。物理的には「過保護」のほうが大きかったように思う。きわめて公式的にいえば、私のような育て方をされれば、劣等感、孤独、内気、無口、敏感、わがまま、嫉妬、恐怖、遅鈍、不安などを中心とするいわゆる「逃避傾向」の子供ができる。ついでだが、過厳格(拒否型)に育てられると、癇癪(かんしゃく)、うそつき、喧嘩(けんか)好き、破壊癖、弱い者いじめ、残酷、盗癖、非行、家出などの要素を持つ「攻撃的傾向」の子供ができやすい。

 どうやら私は「逃避型童子」の典型として育ったらしい。理屈からいえば、その原因の原点は父と母にあるように思う。だが、私はすべてを父母の責任に求めようとはしない。もし、何かの欠点があれば、悪いのは私なのだ。そんな私がつくづく思うのは、ごく当たり前の家庭での子育てが、ときに容易ならざるものになっているという(ばく)とした不安だ。

人があやまちをおかすのを見ると、
かつて私がおかしたあやまちばかりである
(ゲーテ/ドイツの詩人)

 かつて私も、グチをいいながら酒を飲むことがあった。決してうまいものではない。グチをいえるのはせいぜい家内で、夫婦のあいだなら欲求不満の解消になるから、ある程度は許されよう。だが、子供たちとか他人様(ひとさま)とかとなると、これほど迷惑なものもなかろう。

 私は、酒は十四、五歳のころから飲んでいた。うちの病院の職員が私をビアホールに連れていってくれたのが最初だった。以来、種類は問わない。酒はその日の食事に合わせてなんでも飲む。晩酌は毎晩だ。もっとも、最近はずいぶんと控えるようにはなったが……。

 酒量で家内との約束を破ることはあっても、飲酒中にグチをいわない、という取り決めは断乎(だんこ)として守っている。

 酒を飲んでグチをいうのは、その人に精神的な弱さがあるからだ。要するに何かに満足していない人だということだ。

 どのような父親も、おやじとしての負い目がある。なぜあるかといえば、結果的に、自分もまた、その父とおなじではなかったかと思うからだ。父親を批判して育ちながら、自分がおやじになったとき、あまりにも似ていることに気づくからだ。これはたいていの父親が体験することだろう。

 そういう意味では、一〇〇パーセント完全な父親などどこにもいないだろう。もしいるとすれば、それは神様だ。

 過去を(かえり)みると、自分もまた、父親とおなじような、「つまらないこと」で子供を怒ろうとした。酒の勢いを借りてふりあげた拳が結果的には、自分がおなじようなことで憎んだり反抗したりした自分の父親と同質のものであることに気づく。ふりあげた拳もそうなら、酒に酔ったままのその形相も、おやじそっくりだったに違いない。

 それとともに、どうしようもない怒りとともに、何かしらの憐憫(れんびん)がこもった目で私を見つめ返した子供の目。それはまた、かつて私が父に向けたものとおなじ眼差しでもあった。

 これではしようがないな、と劣等感を意識する。こうなると、あげた拳も降ろさざるをえなくなり、この日を境に堂々としたおやじぶりをひけらかすことはできなくなる。

 しかし、それはそれでいいのである。子供もまた、いつかおなじ思いにとらわれ、そのことで父親を思いやる日が来よう。おなじような意味で、私は自分でもどうもダメなおやじと思い知らされたことが少なくなかった。

 しかし、そんなことがあってからは、私は酒に助けを求めることはしなくなった。おもしろくないからといって、そのたびに酒に手を出せば、家庭は暗くなり、子供は反抗をやめないだろう。

 自分は完全無欠なおやじだと、なんでもかんでも自分の意志を通そうとする人がいたら、むしろそのほうがアブノーマルだと思ったほうがいい。自分を知れば知るほど、そのぶん、負い目を感じることは少なくなる。

 どんな人でも間違いをおかす。間違いが起きるときは、自分も相手も何か行き違い、勘違いしたりすることが重なって起こることが多い。そのとき、「間違ったのは、おまえだ」「自分のほうがまだ正しい」と、いいあってなんになろう。

 もちろん、客観的に見て、自分のほうが正しいことも多々あろう。しかし、そんなときでさえ、自分を含め、世の中に完璧な人間など存在しないという厳然とした事実を忘れないで振る舞えるようになりたい。

 大人の強さとは、経験という真実が持つ「正直者の強さである」とも私はいいたい。だからこそ、間違いをおかさない人が、信用されるのではないのだ。間違いを隠さず、乗り越えられる人が、信頼されるのだ。

してしまったことを悔やむより、
したかったのにしなかったことのほうが、
悔やみが大きい。
(ユダヤのことわざ)

 父・斎藤茂吉の本職は精神病院長であったが、文学とくに歌を一生の仕事として愛した。しかし、素朴で、人前で格好よく振る舞うといった才覚もなかったから、父は私たち家族や周囲にも、いかにも「父親らしく」見せることはいっさいなかった。しかし深層心理的には、これほど子供のことを心配し、愛した人はいなかったと思う。

 父については、弟の宗吉(北杜夫)がある本で「勝手な父」と書いている。これは、父が非常に子供っぽいほど「自己中心的」であったことを指しており、これほど父を表わすに的確な表現はない。もっとも、父は医者であると同時に文学者という二足のワラジを()いたわけだから、文学者とはみな、もともとそうであると思えば、それなりに納得はいく。

 もちろんこの父とて、子供に対しては、細やかな愛情は持っていた。だが、天才的な人間は理性より感情が先に立って行動するものである。たとえ相手が誰であろうが、その人が何を考え、どうしたいかなどということはあまり深く考えることなく行動するものだ。しかし、それは一次的行動であって、気分が落ち着くと今度は、相手を中心とする考えに変わった。これが父の本質であった。

 終戦間もないころ、ある人からそのころとしては貴重な卵をひとついただいた。そのとき父は、おれが食べると宣言して、どこかへ隠してしまった。父はそれをゆで卵にしたが、あまりに大事にして、いつまでも食べないで、ついに腐らせてしまった。どんな食事も惜しみおしみ、いとおしんで食べた人だっただけに、さぞかし残念な思いだったろう。

 そんなふうに、父の周囲には「自分だけのもの」がごろごろしていた。そういうもろもろのことから考えても、父はいい意味のエゴイストだった。自分の心のなかではいろいろなことを考えているわけだが、まわりにはそれが伝わらないし、理解できない。それゆえに、何もかもが自分中心のように見えた。それを弟は「勝手な父」と表現した。

 弟は少年時代から昆虫が好きで、大学は理学部に行きたかった。動物学者になりたかったのだ。それをあるときに父に打ち明けたら、父は烈火のごとく怒り、反対した。
「昆虫学者になるのはかまわないが、それは医者になってからでも遅くはない。まず医者になって経済的な基盤を固めなければ、どちらにしてもいい仕事はできない」というのが父の意見であった。これは自分の過去を省みての発言だったと思う。

 父は典型的な粘着気質の持ち主だった。したがって、とにかく順序をきちんと踏んでいけといいたかったのだろう。まず医者になり、医者の勉強を一所懸命しろといったのだ。ちゃんと医者になったら、それから何かやってみればいい、という考えだ。医学の勉強中に小説なんて書いているのがわかったら、もっとひどく怒っただろう。自分が二足のワラジを履いているのに、子供にはそれはいかんという。弟のいう「勝手な父」所以(ゆえん)だ。

 弟は最後には、父の意見を()れて、しぶしぶ医学部へ行くことになったが、弟もやはり父の子だった。その学生時代に父の作品に感銘し、文学に目覚めたらしい。弟が小説家として世問に認められたのは『どくとるマンボウ航海記』であるが、この作品は医学部へ進まなければ書けない作品だった。シップ・ドクターとして漁業調査船に乗り組んだ体験をもとにしたものだからだ。

 父は医者であると同時に文人だったが、息子たちには、「文学なんてとんでもない。医者になれ。文学なんて絶対にやってはいけない」ともいった。

 私や弟が文学に興味をもったのは、ごく自然なことだった。私も弟も、そのことはひた隠しに隠した。ことに弟は、父とおなじように歌をつくったりしていたから、それこそ父に知られたら、相当激しい口調で叱られたろう。自分のことを棚に上げてである。

 しかし、それにもかかわらず私と弟は父に隠れてそれぞれが目差す文学にいそしんだ。

こういうふうにすることもできたろうにと、
思い悩み考えることは、
人間のなしうる最悪のことにほかならない。
(リヒテンベルグ/ドイツの物理学者)

 昔の失敗や恥をかいたことは、なかなか忘れられないものだ。人によっては、その失敗や恥がいつまでもトラウマのようになって、「またやるのではないか」とびくびくして、それからの言動を制御するようになることもある。また、そのときの失敗や恥を思い出すたびに自分に嫌悪を感じ、思い起こすたびに気持ちを滅入らせたりする。

 そんなつらさが消えないのも、かつての失敗や恥を思い起こすたびに、「あのときこういうふうにしておけば」と、後悔を引きずるところにある。

 失敗したことを後悔する、ということは仕方がないことかもしれないが、何度もイヤな記憶を繰り返し思い出していたら、ますます記憶が強化されて、いつまでもそのときのことが脳裏から離れなくなるだけだ。それよりも、失敗したことを後悔するのではなく、まず失敗した自分の非を謙虚に反省することのほうが大事なのだ。

 一見似ているようだが、後悔と反省はかなり違う。後悔は「自分の行ないを悔いること」であるのに対し、反省とは自分の行ないを省みて、「よくなかったところを見極める」ことである。反省には、その原因を分析できているという意味で、自分をレベルアップさせるだけの意志が伺われる。

 そのうえで、自分の弱点をしっかりと見つけて、その対策まで考えて行動すれば、してしまったあやまちをいつまでも引きずることはなくなるだろう。これが反省の効用だ。

 逆に、失敗を後悔しつづけるだけでは自分の成長を妨げるばかりか、つらい気持ちを増幅させるだけとなる。ただ単に後悔するだけではなく、いま自分に足りないものは何か、いまやるべきことは何か、そのことを考えてみるといい。自ずから反省に行き着くことだろう。そうやって、やるべきことが決まれば、いつまでも自分の失敗を後悔することはなくなる。先にやるべきことを見ようとしないから、いつまでたっても、後悔ばかりを繰り返すことになるのだ。

 そのような意味で、たとえば働き盛りの三十代、四十代で仕事に失敗し、そのことが原因で会社に行きたくない、家にまっすぐ帰りたくないといった人の一日というのは、いかなるものなのか。この人の場合、失敗したからといって、上司にいじめられているわけでもなく、妻との折り合いも悪いわけでもない。けれども、なんとなく気が重いのだ。結局は、しぶしぶ出社し、しぶしぶ帰宅はしているが、やがては少しずつ気力が削られ、エネルギーも出なくなる。

 しかし、ここでよく考えてみると、彼らが悩んでいることや不満に思っていることは、意外なほど小さなことであることに気づく。その多くは、気にしない人ならまったく気にしないですむものであり、多少気になっても克服できないわけでもないものである。それにもかかわらず、それをなんとかしようともせず、いたずらに深刻にとらえるだけで、ときおり思い出しては相も変わらず、後悔の念にとらわれているのだ。

 こんなとき、どうすればよいのかがみつからなければ、「ええい、なるようになるさ」と割りきってしまうのも、思いきったひとつの方法である。

 なんとなれば、会社の上司は独裁者でもなければ、人事権を一手に掌握するほどの大物でもない。家に帰りたくない夫も、妻に給料が安いだの何だのいわれて不愉快かもしれないが、そんな小言(こごと)は、どんな家庭でも交わされていることだ。

 自分に楽しい時間を作ろうと思えば、そう考えて一件落着させるしかない。ことを深刻にとらえる前に、自分なりの善後策を練って、現実を見つめるべきだろう。
「このまま落ちこんだままでいることは馬鹿げている。どれもこれも大した問題ではない。命が取られるわけではなし」とでもつぶやけば、つらい気持ちは少しずつ消えていく。


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