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大東京の地下99の謎
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雑学
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 1 皇居の地下に、もうひとつの江戸城が眠っている

『大東京の地下99の謎』
[著]秋庭俊 [発行]二見書房


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 1603(慶長8)年、徳川家康は江戸に幕府を開き、いまの皇居東御苑に巨大な城を築いた。当時、このあたりは利根川河口の三角州で、三角州の中央には室町時代の武将・太田道灌が建てた江戸城があったが、家康の大規模な埋め立てによって、この地は海抜30メートルの小高い丘に姿を変えられ、徳川の江戸城はその丘の上に築かれている。

 道灌の城はこうして跡形もなく姿を消し、東京史の大きな謎となった。いまだにその規模も、正確な位置もよくわかっていないのだという。発掘調査が許可されないため、いまも皇居の地下30メートルに眠ったままである。

 戦後、皇居外堀の下に地下鉄東西線が建設された。この地下鉄のトンネルの深さは大よそ地下30メートルである。

 また、外堀のわきに建てられたパレスサイドビルも地下7階まであって、これも地下30メートルの深さに達している。この地下鉄のトンネルも、ビルの地下7階も、家康の埋め立てが行なわれる以前は、地上だったところである。

 江戸初期に行なわれた埋め立ては、はたして何の細工もなく真正直にすべて土が盛られていたのだろうか。埋め立ての前に囲いのようなものがつくられ、地上の道を地下道に変えるという工事が行なわれたのではないだろうか。

 東京の地下の謎は、太田道灌の城から始まっている。

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