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もう一度、読み直すと面白い世界の英雄・偉人伝
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歴史
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ハンムラビ王[前18世紀頃]●古代オリエントの明王

『もう一度、読み直すと面白い世界の英雄・偉人伝』
[編]歴史の謎を探る会 [発行] 河出書房新社


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 メソポタミアの統一

 ハンムラビ王は、古代オリエント史でもっとも有名な王。

 オリエントとは「太陽の昇る方向」という意味で、人類文明がもっとも早くから発達したエジプトやメソポタミア地方を指す。

 このうち、チグリス・ユーフラテス川一帯のメソポタミア(川と川のあいだの地、の意味)は、異民族の防波堤となる山脈がなく開放的な地形だったため、長く国家の興亡がつづいた。

 まず、前3000年頃にシュメール人の都市国家が、前2350年頃にはアッカド人の王国が、そして前1830年頃に、アムル人の古バビロニア王国が築かれた。

 ハンムラビ王は、この古バビロニア王国の六代目の王である。

 彼の統治した時代は、古代としては例外的に史料に恵まれている。前年の重要行事にちなんだ年名(たとえば「ウルクとイシンを荒らし回った年」など)から王の業績を一年ずつたどれるほか、書簡や文書からも当時の状況をうかがい知ることができる。

 それによると、ハンムラビ王が即位した頃、古バビロニア王国は、イシン、ラルサ、アッシリアといった強豪国に包囲された小国にすぎなかった。しかし、軍事的才能にすぐれた王のもとでしだいに頭角を現し、三〇年にわたる戦争を経て、ついに全メソポタミアを統一した。こうして、ハンムラビ王が治める古バビロニア王国は最盛期をむかえた。

 王はまた、国内政治にも力を注いだ。まず、治世一〇年目頃から運河の大工事を行って治水・灌漑をすすめ、都市の城壁をつくり、神殿を建設した。今でいう公共事業である。

 また、多くの都市国家を再編成し、中央集権化をすすめた。広大な領地に住む他民族を支配するためには、王の強力な統制が必要だと判断した彼は、各地に総督を配し、書簡をひんぱんに送って彼らをコントロールした。

 さらに、晩年には、多民族の支配をいっそう強化するために、あの有名な「ハンムラビ法典」を制定している。

「目には目を」の真意とは?
「ハンムラビ法典」は、1901年、フランスの考古学者によって、イランのスサで発見された。発見された法典碑は、高さ二・二五メートル、周囲二メートル。石柱の下部に楔形(くさびがた)文字が並んでいる。それが二八二条からなる「ハンムラビ法典」である。

 ところで、この「ハンムラビ法典」は古代法制史上もっとも重要な法典だが、最古のものではない。

 最古の法典は、シュメール人によるウル王朝時代の「ウルナンム法典」(前2100年頃)で、これに「リピトイシュタル法典」や「エシュヌンナ法典」がつづく。ハンムラビ王は、これらの先例に学んで、自らが属するアムル人の慣習を成文化した。

 では、そのハンムラビ法典には、いったいどんなことが書かれているのか。

 まず、序文を見ると「国のなかに正義を輝かせるために」「強者が弱者を虐げないために」「人々の幸せを満たすためである」などとはっきり書かれており、古代のものにしてはずいぶん進歩的な法典であることがわかる。

 そして、数多くの広範な規定とともに、「もしある市民が、ほかの市民の目をつぶすならば、彼の目をつぶさなければならない」(第一九六条)、「もしある市民が、彼に対等の市民の歯を打ち折るならば、彼の歯を打ち折らなければならない」(第二〇〇条)といった、いわゆる「同害同復」の規定が記されている。

 この〈罪を犯せば、それと同じく罰せられる〉というきまりは、現代人の感覚からすると野蛮に思えるかもしれない。

 しかし、古代社会では、何らかの暴力行為があったとき、それに対する復讐がエスカレートし、しばしば家族・部族間の報復合戦にまで発展した。そうなると、関係者がいなくなるまで際限なく復讐がつづくことになる。

 そこで制定されたのが、目には目を、歯には歯をの復讐法だ。このきまりは、復讐を認めるものだと誤解されることが多いが、「復讐は当事者のみ、しかも同等の処罰に限る」という規定によって、逆に報復合戦をストップさせるという意味をもった。

 つまり、ハンムラビ王は、人々が平和に暮らせるようにという思いから、この法を制定したのだ。

 むろん、古代の法典だけに、身分によって刑罰の重さに違いがあるなど、現代の目から見れば問題点だらけなのは事実だ。しかし、それでもこの法が古代オリエント法の頂点であり、その後の文明の発達にとって重要な一歩だったことは、間違いないと言える。
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