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常識として知っておきたい 昭和の重大事件
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政治・社会
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大正一五年(一九二六) 鬼熊事件

『常識として知っておきたい 昭和の重大事件』
[編]歴史の謎を探る会 [発行] 河出書房新社


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殺人は憎むべき行為である。
ところが一晩で二件の殺人、四件の傷害事件、一件の放火事件を犯したうえに、後日、警官をひとり殺害するといいう凶行におよんだ男を、近隣の住民が匿い、逃亡を手助けするという事件が発生した。
その背景には、なにがあったのか。

▼犯人は村人から好かれていた

 事件は大正一五年(一九二六)の八月一六日に起こった。この年の年末、大正天皇が崩御(ほうぎょ)され、年号が昭和元年と改元されることになる。そして、この事件は、軍隊や警察といった国家権力が強大化していく昭和初期の空気を先取りしたかのような事件だった。

 事件が起こったのは千葉県の香取郡久賀村(現・多古町)。事件の主人公となったのが、この村に住む岩淵熊次郎という名の男だった。

 熊次郎は農家の次男として生まれ、村の豪農に(やと)われて働いていたが、やがて荷馬車引きへと仕事を変えた。現代でいう運搬(うんぱん)業で、久賀村特産の材木を町へ運び、帰りに肥料を村へと運ぶ仕事である。嫌な顔ひとつせずに仕事に(はげ)み、病人のいる家にも力を貸す義侠心(ぎきょうしん)に厚い性格で、村人たちは「熊さん」と親しみを込めて彼を呼んでいた。

 熊次郎の情の厚いことは、女性関係にもおよんでいた。豪農の家で働いていたおよねと結婚して、五人の子どもをもうけていたが、松野屋という小料理屋兼宿屋に借金のかたとして売られたおはなという女性に同情して、()れ込んでしまう。借金の肩代わりをしてまで入れ込んだのだが、おはなは岩井長松という男性が経営する茶屋へと移り、長松は店を訪問した熊次郎に会わせてもくれない。長松は、のちに熊次郎のターゲットのひとりとなる。

 事件当日、熊次郎はおはなのあとに惚れ込んで、愛人関係になった女性、おけいに会いに行っている。おけいは小料理屋上州屋に売られてきた女性で、村では男をたぶらかすとしてあまり評判がよくなかった。いろいろと相談にのっているうちに、おけいに惚れ込んでしまった熊次郎のことを、村の人々は(だま)されていると(うわさ)していたほどだ。

 じっさい、おけいは二五歳の菅沢寅松という男と深い仲になっていた。密通(みっつう)現場を目撃した熊次郎はおけいに暴力をふるい、村の向後巡査に呼び出されてそのまま収監されてしまう。事件の三か月前の出来事だった。

▼警察への不信感から庶民の支持を得た「鬼熊」

 収監から三か月後、熊次郎は釈放(しゃくほう)された。以前、世話になった豪農が尽力(じんりょく)してくれたおかげだった。

 翌日、律儀(りちぎ)な熊次郎は豪農の家を訪ねて礼を述べている。豪農の家を辞去したのち、熊次郎はおけいにも謝ろうと思い立ち、彼女のもとへ寄ってみた。すると、おけいから、寅松の父親が妻子ある熊次郎との仲を清算して、息子の寅松といっしょになるよう、おけいに吹き込んでいた事実を知る。間の悪いことに、その場に寅松が現れたことから熊次郎は逆上してしまう。(まき)でおけいの頭をめった打ちにして殺してしまったのである。

 怒りがおさまらない熊次郎は、おけいとの仲を裂こうとした寅松の父親の家へ向かう。そして、家のまわりに石油をかけて火を放つ。その後、この父親と組んで自分を逮捕した向後巡査を襲おうと駐在所に駆け込んだが、巡査が不在だったために置いてあったサーベルを盗む。このサーベルで、つぎに向かった岩井長松の家で長松に斬りつけて殺害した。このサーベルは、いったん自宅にもどった熊次郎を逮捕しようとした山越巡査に、瀕死の重傷を負わせる凶器にもなっている。

 山へと逃げ込んだ熊次郎は、途中、山から下りたところに出くわした警察官と格闘になり、このときもサーベルを抜いて殺害している。その後、警察は必死の捜査をつづけたが、凶行から一か月がたっても熊次郎を逮捕することができなかった。村人たちが、ときどき山から下りてくる熊次郎に食糧を与えたり、ガセネタを警察に通報したりして、捜査を攪乱(かくらん)したからだった。

 それには、熊次郎への同情だけでなく、村人たちが当時の警察に不信感を抱いていたことが関係していた。当時の警察は強大な権力を持っており、意味もなく威張(いば)りちらす警察官も多く、国民は反感を覚えていたのである。

 しかし、警察の手が迫ってきたことを知った熊次郎は、自分の無念の気持ちを(ひそ)かに新聞記者に独占インタビューさせたあと、自殺して果てる。全国的な注目を浴びた鬼熊事件は、こうしてあっさりと幕を閉じることとなった。しかし、痴情(ちじょう)のもつれから起こった短絡的な犯行にもかかわらず、熊次郎は庶民の支持を得た。そこには、人々の「国家権力」に対する思いをみることができる。
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