監督・脚本……ジャン・ピエール・メルヴィル
音楽……フランソワ・ド・ルーベ
出演……アラン・ドロン
ナタリー・ドロン
フランソワ・ペリエ
カティ・ロジェ
殺し屋には殺し屋の責務がある
主題と内容
ノウブレス・オブリージ――という。覚えておいていい言葉だ。貴族には貴族としての責務がある、といった誇りから出た言葉であった。今では、ひとつの身分に伴う責務、といった意味にも使われる。明治32年、新渡戸稲造博士は、アメリカで、西欧に日本の道徳と思想を知らせようと、名著「武士道」をあらわしたとき、武士道を、「サムライ階級のノウブレス・オブリージである」と定義した。
フランス監督ジャン・ピエール・メルヴィルが、アラン・ドロン主演で、若いパリの殺し屋の末路を映画化しようとしたとき、まず頭に浮んだのは、新渡戸博士のこの武士道の定義だったのではないか。彼メルヴィルは、新作の題を「ル・サムライ」とつけた。フリーランスの人殺し専門家のドラマである。殺し屋には一匹狼だろうとつねに「殺し」に伴うノウブレス・オブリージがある。自分ひとり、死の恐怖にたえて心の奥底で守り通さねばならぬ掟がある。それを守り通した男――他の誰にでもなく自分自身に対して、ばかばかしいほど心の責任を守り通した男。メルヴィルは、サムライという日本の言葉で、じつは日本の侍とは職業も道徳律も思想もまるでちがうが、自らへの厳格さだけは等しかったそんな男の孤独を、表現しようとした。