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あまりにも悲劇な世界史
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歴史
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死体を愛し続けた女王フアナ

『あまりにも悲劇な世界史』
[著]瑞穂れい子 [発行] 河出書房新社


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「浮気はしても、いちばん愛しているのはきみのことだよ」

 これは男の常套(じょうとう)句だ。神聖(しんせい)ローマ帝国皇帝マクシミリアンの長男フィリップに(とつ)いだ、スペインの王女フアナもよくそんなふうにいわれたはずだ。

 フィリップは輝くような美青年で、女好き。フアナは二人の王子と四人の王女を産んだが、つねに夫の色恋ざたに悩まされていた。それは常軌を逸したほどの嫉妬(しっと)だった。

 しかも結婚後、フィリップから渡されるはずの約束のお金ももらえないため、スペインからつれてきた(とも)に与えるお金がないことも彼女をいらだたせた。二つの苦しみが彼女の神経を(さいな)んだ。

 もともとフィリップとフアナの結婚は、ローマ帝国とスペインが手をむすび、フランスを封じこめるという政治的な思惑のからんだ結婚だったが、一六歳のフアナは、最初に出会ったときからフィリップに一目()れしていた。わたしがこんなに愛しているのにどうして! と悲痛な思いだっただろう。

 そんななか、突如、母国スペインで王位継承権問題がもちあがる。王太子ミゲールが一五〇〇年の七月に病死したために、異国に嫁いだフアナを除いては王位継承者が途絶え、フアナは帰国しなければならなくなった。

 こうしてフアナは二年後の一五〇二年、病気がちな体で三人目を身ごもって帰国が遅れたものの、フィリップとともに再び故国の地を踏むことになる。だが、この帰国がフアナの病状をさらに悪化させることになった。

 そもそもフィリップは、スペインを文化の果てる地と見下していて、あまりこの訪問を望んでいなかった。そんな態度がありありと見えるものだから、スペイン宮廷も、彼に対して不快感をあからさまにする。そのうえ、フアナの神経をさらに逆撫(さかな)でするように浮気の虫はおさまらない。

 ついにフアナは病気で倒れてしまう。

 こんなときこそ夫として優しい言葉の一つもかければよいものを、フィリップはあまりにも冷たかった。病床(びょうしょう)の妻を残して、さっさとローマへ帰国したのである。しかも彼女はまたも身重(みおも)の身だった。

 イザベル女王は娘フアナの体を案じ、自国のスペインでのんびりと療養させることにした。女王の耳にも、フアナが病んでいるという話は届いていたのだ。

 しかし、フィリップを恋しがるフアナには、そんな女王の真意がわかるはずもなかった。

 夫との仲を裂かれたのだと思いこんだ娘は、母親を恨み、城から逃げだそうとまでしたのだ。そのため女王は城門を閉じ、はね橋をあげておかねばならなかったという。が、これがかえって彼女を錯乱させた。

 フアナは門に体当たりし、そのまま城のなかに入らずに表でしゃがみこんだまま一夜を明かす。すっかり幽閉の身になったと信じこんだらしい。

 さすがのイザベル女王もどうしようもなく、彼女をローマへ帰国させることにした。それから二年後のことだった。イザベル女王が世を去ったのは。
“フアナ女王”の誕生である。彼女こそスペインの正統な王位継承者であるからだ。が、彼女の心はどこか遠くにある。

 フアナの心が完全に病んでしまったのは、それから二年後の夏のことだった。あまりに愛しすぎた夫フィリップが、一五〇六年に急死したのだ。

 痛ましいことに、時間をかけて愛情を注げば神がお許しになり、夫を自分のもとに返してくれると信じるようになっていた。

 フアナがやったことは、地下の墓にあった遺骸(いがい)を抱きしめ、キスをあびせることだった。

 それだけではフィリップが(よみがえ)らないことを知ると、今度はベッドに運んで添い寝をしたり、抱きしめて散歩させたり、身のまわりの世話をして熱心に祈ったという。この奇妙な生活を死ぬまで四九年間もつづけたというが、フアナにとって、この四九年間は、はじめて最愛の夫を自分だけのものにしておける愛に満ちた時間だったかもしれない。

 そして、この間、フアナはスペイン女王でありつづけた。幻の女王であったかもしれないが……。


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