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アメリカ映画界の光と影 その時、ハリウッド・スターに何が起こったのか?(上)
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雑学
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1949年 ハリウッドを揺るがしたビッグ・ロマンス

『アメリカ映画界の光と影 その時、ハリウッド・スターに何が起こったのか?(上)』
[著]筈見有弘 [著] 渡辺祥子 [発行]近代映画社


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トップ女優バーグマンと巨匠ロッセリーニの危険な恋

 第2次大戦後のハリウッドの流れを、ゴシップと事件でたどるのがこの本のコンセプトだが、それを1949年から始めようと思う。なぜ戦争が終わった45年ではなく49年なのか? 戦後最初のビッグ・ロマンスがあったのがその年のことだからである。

 イングリッド・バーグマンとロベルト・ロッセリーニの恋。それを当時のマスコミは“世紀の恋”と書き立てた。ずいぶん大げさな表現と思うかもしれないが、ハリウッドとローマを結ぶ恋、つまり大西洋を股にかけてのロマンスは当時珍しかったし、しかも片やハリウッドきっての人気スター、片や戦後随一の名監督とみなされていた超大物同士だったのである。

 ロッセリーニは、「無防備都市」「戦火のかなた」のネオリアリズムによって戦後の世界の映画界に衝撃を与えたのではあったが、バーグマンもまたそれらの作品を見て深い感銘を受けた。ハリウッド製のドラマとはまるで違うリアリティがそこにあると思った。バーグマンは『あなたの映画に出演する用意があります』といった意味の手紙をローマのロッセリーニ宛に書く。ロッセリーニは『あなたと映画を作るのが夢です』と電報で答える。

 ヒッチコック監督によるバーグマンの次回作「山羊座の下で」(日本未公開)がイギリスで撮影されたのをさいわいに、撮影の合間に彼女はパリへ飛び、そこでロッセリーニと初対面、二人は「ストロンボリ」と名づけられた新作の相談に入った。

 そして49年1月、ロッセリーニがニューヨーク批評家協会賞を受け取るために渡米し、製作費を出してくれる会社を探しにハリウッドに乗り込んでくると、マスコミはにわかに二人のロマンスをはやし立てた。彼の作ろうとしている映画について質問されたときロッセリーニはこう答えた。「どの映画のことですか? ほんとうの映画のことか、それともソーセージの罐詰めを作る映画のことか」。

 ネオリアリズムの名匠はハリウッドをソーセージの罐詰工場にたとえたのだ。ハリウッドの映画人は侮辱されたと感じた。それでもRKOの経営に乗り出していたハワード・ヒューズが製作費を出すことになって一件落着。

 4月4日からイタリア南部の火山島ストロンボリで撮影が始まると、レポーターやカメラマンは漁師や観光客を装って島にもぐり込み、激しい取材合戦を展開した。8月、バーグマンが妊娠していることが報じられると騒ぎは頂点に達した。

 バーグマンにはスウェーデン時代に結婚した歯科医の夫がいたし、ロッセリーニもすでに別居していたとはいえ妻子があったのだから、モラルの問題にまで発展した。さらに根底には、ハリウッドを馬鹿にしているイタリア野郎がハリウッドの財産をさらっていったという恨みもあり、ことさら騒ぎは大きくなったのである。

 その後もスッタモンダのあったのちに二人は正式に結婚し、一男二女(その二女は双子で、姉の方がイザベラ・ロッセリーニだ)の家庭を築いたが、ロッセリーニの自分勝手な性格のせいで6年後にこの結婚生活は幕を閉じている。

ジュディー・ガーランドの麻薬中毒が発覚!!

 ところで、49年にはヨーロッパを舞台にしたハリウッド・スターの、もうひとつ“不倫騒動”があった。リタ・ヘーワースと、イスラム教の大富豪の君主アガ・カーンの息子でプレイボーイとして有名なアリ・カーンの恋である。

 二人が出会ったのは前年5月。ヨーロッパ中を遊び歩き、こちらもマスコミがぞろぞろとついてまわる賑やかさ。リタの方は2度目の夫オースン・ウェルズと離婚していたが、カーンは法的には妻帯者だったから、これもひんしゅくをかった。リタがハリウッドに戻っても、契約しているコロンビアのボス、ハリー・コーンは映画に出演させようとしない。

 二人が結婚したのは49年5月27日。フランス、ヴァヨーリスの市役所は人波でごった返した。ハリウッド・スターがプリンスと結婚したということでも話題だった。しかし、2年後に離婚。コロンビアのボスの怒りもようやく解けて、リタはスクリーンにカムバックすることになる。
「ザッツ・エンタテイメントPART3」にはジュディー・ガーランドによる「アニーよ銃をとれ」のミュージカル・ナンバーが出てくる。この作品、実はガーランドで撮影が開始されたのだが、睡眠薬をはじめとする薬づけで彼女は自己コントロールできなくなり、5月10日、MGMは降板を言い渡したのだった。

 代わってベティー・ハットンがアニー役をつとめ、一方ガーランドはやがてMGMとの契約さえ解かれ、荒んだ晩年を迎えることになる。しかし、薬づけになったもとはといえば、撮影所がダイエットするように忠告したが、仕事の連続でそれができず、薬でやせようとし、睡眠のためにも薬を使うといったことが原因だったというから、彼女はハリウッドの犠牲者だったと見ることもできそうだ。

 クスリといえば、前年にマリファナ所持で逮捕されたロバート・ミッチャムは6か月の服役を終えた。“ハリウッドのバッド・ボーイ”と呼ばれたりしたものだが、それから40年もの間スターであり続ける。

 49年にはほかにもいろいろなことがあった。メジャー各社が独占禁止法の訴訟で製作・配給部門と興行部門を切り離される事態は、この年はパラマウントにおよんだ。2年前に始まったハリウッドの赤狩りも激化しつつあった。8月31日、無名のマリリン・モンローが、やがてセンセーションを呼ぶことになるヌード・カレンダーの撮影を許可したが、まだ誰も注意を払おうとはしなかった。

 すべては50年以上前、ジェシカ・ラング、メリル・ストリープ、リチャード・ギア、ジェフ・ブリッジズの生まれた年のことだ。
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