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正しいワルのすすめ
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生き方・教養
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いい人でいることが息苦しくなったら

『正しいワルのすすめ』
[著]裏行動経済学研究会 [発行]スマートゲート


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日本で最初のノーベル文学賞を獲得した川端康成の代表作、『伊豆の踊子』のラストに近いシーンで、こんなやりとりがある。

「いい人っていいね」

「そうね、やっぱりいい人はいいね」


 旅回りの踊子たちが、主人公である二十歳の高等学校(旧制)の学生に対して、一緒に旅に同行することになって、漏れ聞こえてきた言葉である。それを、主人公は聞くともなしに耳に入れて心地よくなっているというのである。


 しかし、実はこの主人公というのはいい人ではない自分を知っていて、一人伊豆の旅に出ているのである。当時では最難関といわれている第一高等学校に入学するくらいだから、頭は良かったようだが、孤児として育ったことで孤児根性(いわゆる、ひねくれ者)があって、それを見つめなおす意味での伊豆旅行だったのだ。


 そこで、旅の踊子に心を惹かれてちょっかいを出すというものだが、ついぞプラトニックのまま終わってしまうという話。そして、最後は未練を残しつつも下田港で別れを迎えるという青春小説である。


 実は、年配の踊子たちがここで発したこの言葉は、主人公の私に対する牽制球ではなかったろうか。


 というのも、「あなたはいい人だよ」ということを、暗に知らしめることによって、実は主人公の私は幼い踊子に対して思いはあっても手出しできないように釘をさされてしまったからである。孤児根性にゆがめられていた自分は「いい人」にならなければいけないと思っていたところで、周囲にもいい人に見られるような自分になったことで、「いい人」を続けなくてはならなくなってしまったのだ。


 相手の踊子は十五か十六だが、当時では大人扱いをされる部分もあったはずだ。男として私も十分に衝動に駆られた部分もあったであろうが、それが周囲の言葉によって封じ込められてしまったのである。


 つまり、「いい人」であり続けるために、自分の気持ちに少し素直になれなかった例なのである。しかし、この『伊豆の踊子』が教科書にも何度も用いられ、文学作品としても高く評価されるのは、主人公の「いい人」である心を尊しとするからであろう。


 ところが、実際自分に置き換えて考えてみたらどうだろうか。本当に自分はいい人でいられるだろうか。よしんば、自分の心を偽っていい人で過ごしたとして、本当に悔いはないのだろうか。


 実際には、こんな辛いことはないではないか。もし、周囲から「いい人」という評価をされていなければ、そのまま好きになった踊子を東京へ連れて帰ることだって考えられたかもしれない。あるいは、その場限りの関係を結ぶことだって、自分の本能に忠実に行動するだけで許されると思ったかもしれない。男だから、その思いがないといったら嘘になるだろう。


 ところが、それが出来なかったのは、「いい人」という枷(かせ)が出来てしまったからである。


 その後の主人公の感情はこちらの推測でしかないが、いい人であり続けようとしたばかりに心の葛藤は相当のものだったのではないだろうか。主人公がいい人のまま終わったことで作品としては昇華されていったのだが、実は作者川端康成自身は必ずしも、主人公がいい人であり続けることを望んでいなかったのではないだろうか。


 というのも、その後の川端康成の作品を見ていくと、『千羽鶴』の主人公などは、会う女性会う女性と、次々に関係を結んでいく女たらしだ。『雪国』に至っては、見事な不倫小説ではないか。つまり、主人公は、どちらかというと反道徳的な部分があって、それが文学作品として成り立って、評価を受けているのだ。ということは、実は多くの人はそうした、いくらか反道徳的な部分に少し憧れを持っているのではないだろうか。


 『伊豆の踊子』ではいい人だった主人公も、結局、いい人であり続けることに少し疲れて、それが『千羽鶴』や『雪国』の主人公のように、他人が妬むような、少し女好きのちょいワルに転じていったのではないかと推測される。人は、純粋にいい人であり続けようとするのだけれども、複雑に人と人との気持ちや思惑や、利害関係が絡み合う社会を生きていくうちに、「少しワル」のほうがよっぽど生きやすいということを知るのである。


 だから、あなたもいい人を演じることに疲れてきたら、ちょっとワルになってみたらどうだろうか。ワルに徹しきると、またしがらみがつらくなるから、ほんの少し今よりも「ワル」になってみるだけで、生き方が楽になるはずだ。


 

ワンポイント


 今の「いい人」の仮面を少しだけ、はずしてみよう。きっと、楽になるから。


 

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