私は、ただ驚いた、としか、言う言葉を知らない。「アラビアのロレンス」前後四時間は、私の心を全く打ちのめした。70ミリ映画という、人間の持った最新のショウ媒体が、誕生六、七年で、早くもこれほどみごとな芸術様式を打樹ててしまうとは。超大型映画という新機能が、これほど、壮麗な圧倒的迫力で民族と人間の叙事詩を謳うとは。――私には、想像もできぬことだった。
敷石を真上から俯瞰した大画面の左端に、一台のオートバイが置かれている。右側から現れた男がせわしげに70ミリ画面を往復し、車を始動させかけるのが、頭上から望まれる。簡素な白文字が次々に現れ、「アラビアのロレンス」以下スタッフのメイン・タイトルが紹介される。突如、男はペダルをキックして、英国の田園道路へ飛出して行く。緑の灌木、防塵眼鏡におおわれた男のアップ。画面は加速度的にフラッシュバックを細かくし、70ミリ・モンタージュの限界さえ越えかける、と見る間に、超スピードのバイクは向うから来た自転車をよけそこねる。車は宙高く跳ね上げられる。梢に揺れ残る防塵眼鏡――。
一九三五年五月、こうして四十六歳の生涯をスピードに散らせたトマス・エドワード・ロレンスの葬儀は、ロンドン・セント・ポール寺院で行われる。街へ散り去っていく参列者の、さまざまな口からもれるさまざまなロレンス観。不世出の英雄であり、また別人に言わせれば奇矯な売名家でもあったロレンス。忘れ難い偉人であり、また別の上官には殆ど記憶にすら残っていないロレンス。