ヒッチコック映画も、だいぶ数多く見てきたので、しぜんと眼のほうも肥えてきたようだ。というふうに考えたくなるのは、僕たちヒッチ・ファンだと自称する者の、独りよがりなうぬぼれにすぎないのであろうか?
あながち、そうでもあるまい。たとえば「北北西に進路を取れ」では、待つよりは早く、ヒッチ・イン・パースンのワン・ショットが、ひょっこりと飛び出してくる。もうすっかりテレビで売れっ子(?)になったから、マディスン・アヴェニューのバスに乗りそこなったのを見ると、みんな嬉しがって笑い出す。しかしヒッチ・ファンともなれば、そうやすやすとは笑えないのである。
『おや、いままでのヒッチ・イン・パースン・ショットでは、一番大きなサイズで顔が写ったのではないかな?』『いつもよく右から左へと歩いて行ったりすることが多かった。だから普通は左横顔だろう。右横顔をヌーッと突き出すのは珍しいね』『それにしてもさ、突如パッと出て、ピタリと静止し、パッといなくなるあたり、ワン・ショットとして素晴しい切れ味だなあ』『あの即興的出演は、ヒッチのおやじ、子供の頃からバスが好きだったのと関係があるよ。終点から終点まで乗って、屋上席からロンドン市内を見物して回るのが日課のようだったというからね』