ヒューストンの想像力
ジョン・ヒューストンが芸術家トゥールーズ=ロートレックを主人公とした映画を作ったということはいかにも彼らしい。第一にヒューストンは若い頃ボヘミアン生活に憧れていて、パリへ出かけて絵の勉強をしたことがある。彼が好きな画家が誰であるか、それは知らないが、いままでの監督作品を見ても、構図の取り方とか採光の工夫などに彼が画家としての素養を持っていたことが、よく示されていた。未輸入であるが「アフリカの女王」(五一)の前に作った「勇者の赤いバッヂ」(五〇)という南北戦争映画(註・日本では1958年になって公開されている)は、スティーヴン・クレーンが一八九五年に発表した小説の映画化であるが、原作は戦争の経験を持たないクレーンが想像力によって戦争の場面を描き、それがあたかもルポルタージュのような実感を出したことで有名な作品である。ヒューストンは、この小説の映画化がしたくて堪らず、実現されるまでには当時のMGM製作部長ルイス・B・メイヤーといろいろ揉めたのであるが、小さな傑作と言われるこの映画を作るにあたって、ヒューストンもまた想像力にたよったのであった。というのは、この南北戦争時代にブラディという写真師がいて、彼が撮影した多くの戦闘場面は貴重な資料として残されているのであるが、ヒューストンは、この有名なブラディの写真を復刻したような具合にして、その雰囲気のなかに一種独特なリアリズムを出そうと試みたのである。