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植草甚一WORKS2ヒッチコック、ヒューストンら監督たちについて
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エンタメ
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映画芸術家研究 ジョン・ヒューストン物語 第四回

『植草甚一WORKS2ヒッチコック、ヒューストンら監督たちについて』
[著]植草甚一 [発行]近代映画社


読了目安時間:18分
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「勇者の赤いバッヂ」の撮影についやした日数は三十八日間であった。ヒューストンは、マーガレット・ブースとベニー・リュイスとが編集した最初のプリントを見ると、あとのことはプロデューサーのゴッドフリード・ラインハルトにまかして、MGM社をあとにした。彼はサム・スピーゲルのために「アフリカの女王」を作らなければならないのである。MGMから貰っていた週給は四千ドルであったが、スピーゲルのホライズン社では二千五百ドルしか出すことが出来ない。しかしヒューストンは、前にスピーゲルに世話になったことがあるので、少なくてもかまわないと言った。

 ある日曜日の夜、デーヴィッド・セルズニックの家でパーティがあった。セルズニックはビヴァリー・ヒルズに住んでいて、その家は以前ジョン・ギルバートのものであった。この立派な家で、日曜日の夜ときどき彼がパーティを催すのは有名な話だったが、その晩やって来たジョン・ヒューストンの顔を見て、セルズニックは、『撮影のほうは無事にすんだそうだね』と言った。『まったく驚いたよ』
『驚くことでもあるのかい?』とヒューストンが怪訝な顔をして訊いた。
『驚かないではいられないよ。MGMがよくやらしたと思ってるんだ』
『そうか……実はドア・シャーリーがずっと味方になってくれたんだ』
『それにしても、驚いたことだよ。いくらくらいかかったね。百五十万かい?』
『そんなところだ』
『僕はね、L・B・メイヤーが見て何て言うか、楽しみにしているんだ』とセルズニックが言った。
『L・Bの批評なんか聞くのも御免だよ』とヒューストンは苦笑して答えた。

 このようにヒューストンにたいするL・Bの悪感情は外部の人たちでも知っていたが、一方ラインハルトは「勇者の赤いバッヂ」を文芸映画の最高峰という宣伝で売込みたかった。それでニューヨーク本社の副社長兼宣伝責任者であるハワード・ディーツに手紙でもって細々と書いた。このディーツは以前ブロードウェイでミュージカル・プレイの演出にあたり、ついでサミュエル・ゴールドウィンのところで働いてからMGMへ移ったが、同社のライオンのタイトルは彼の案になるものであり、トーキーとなってからライオンが吼えるようになったのも彼の提案になっている。
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