ソヴィエト映画『シベリヤ物語』(1947年)
イワン・ブイリェフ監督作品
激闘! 米ソ・カラー映画の対決!……ソ連最初のカラー映画
かつて、鉄のカーテンとか冷戦とかいう言葉が、日常会話の中でロケット弾のように飛び交った。アメリカ合衆国とソヴィエト社会主義共和国連邦の対立である。即ち、資本主義と共産主義の正面衝突。あらゆることに敵対意識を持って、ことあるごとに対立をして、お互いの国民感情を煽っていたのである。
しかし、つい先程まで世界の脅威とまで言われて、その存在そのものが恐怖であったソ連邦は、現在は地球上のどこを捜してもない。
アメリカの資本主義国家に、真っ向から対抗する国家。強大な軍事力を持ち、政治力と共産主義思想のもとに団結して肥大化し、アメリカと対等の存在として、全世界からも認められていたのは、唯一、ソ連邦だけであった。一時は、まさに飛ぶ鳥さえも落す勢いで、世界の弱小国家を、共産主義国家・社会主義国家にして傘下に置くのではないか、日本とアメリカを除く地球上のあらゆる国家が、ソ連邦に従属するのではないかと言われて、恐れられていたものだった。
その共産主義・社会主義の総本山ともいうべき御本体のソヴィエト連邦が、突然、崩壊し、消え去ってしまうのである。
崩壊の芽は、ソ連邦の結成当時からひそんでいた。ソ連邦の結成の基本は、マルクス=レーニンの共産思想、社会思想である。共産主義も社会主義も、書かれた活字だけを読んでいる分には、社会機構の改革、人間の幸福論、どれを取っても理想的で、文章に書かれている社会の誕生は、政治や人間の輝ける理想であった。
しかし、飽くまでも、文章に表現されている論旨は理念でしかないのだ。書かれていることは画餅でしかないのに、見果てぬ理想を追うのが、人間。共産主義・社会主義の妄念に取り憑かれ、理想郷を求めて、国家体制に人類の未来を求めるのであるが、一党独裁により、一部の特殊階級から生まれた独裁者の絶対権力・国家権力が、国民弾圧する結果を生むことになるのである。煽動されるがままに、国民はイデオロギーのシンボルである赤い旗を振り、労働歌を高唱し、シュプレヒコールの雄叫びを上げ続けても、生活は一向に改善されない。国民もそう愚かではないから、ようやく共産主義では人間の理想郷は求められないのだと気づくのである。国民は、一部権力者による暗黒政治を拒否するようになるのであった。ソ連邦は、一般の国民の新しい国家、政治体制を叫ぶゴルバチョフが、ソ連共産党書記局長に就任したのを機に、国家の予想を超えたエネルギーの地殻変動が起き、自我に目覚めた国民が活動を始め、体制の内側から外側から瓦解してしまう。
1922年、帝政ロマノフ王朝を、ニコライ2世一家の処刑で崩壊させて生まれた社会主義運動は、世界の脅威の存在にふくれ上がったが、風船球がしぼむように、1991年12月、六十九年間続いたソヴィエト社会主義共和国連邦は、まさに風船のような運命をたどって、地球の上からその名を消し去ってしまったのである。
映画『シベリヤ物語』を語る前に、この映画が製作された時代の社会背景を理解しておいて貰わなければならないので、皆さんが識っていることをいささか長く書かざるを得ず、つい書いてしまったのである。