新しい映画の次元
一九五二年のことだったが、オランダの作家ヤン・デ・ハルトーグの「遥かなる岸」という小説が世界的ベストセラーとなって注目を浴びた。日本には紹介されなかったが、アメリカでも評判になるとポケット・ブックが出たので、読んだ人は相当にいた。私の友人も、この作品に惚れ込んでいたのを、いま思い出すのだが、第一部が「戦争」、第二部が「平和」となっている二部作であって、最初は別々に発表された。
この第一部が「鍵」であり、イギリスに原作が紹介されたときには「ステラ」という題名で単行本になった。そして、キャロル・リードの作品が撮影進行中、最初は「ステラ」となっていたが、途中で封切題名が「鍵」に変更されている。大胆な題名であり、暗示性に富んでいるが、これがまた映画の性格とぴったり一致することになった。
もともとキャロル・リードはリアリズム派の監督である。これに詩的な映画表現とか幻想的な雰囲気描写が加わって、彼の個性の一部が形成された。ところが、この「鍵」では、リアリズムに加わっているものが、ほとんどすべて暗示的表現であり、リードは新しい次元の映画的世界へ入り込んでいる。といって、この暗示的表現は、見る人の気持によって効果を生み出す特殊な性質のものであり、見えているものはリアリズムによる描写そのものである。