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清涼飲料水の秘密

『怖い話』
[著]片桐常夫 [発行] 河出書房新社


読了目安時間:4分
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原液タンクのなかから流れ出す濁流。
孤独な作業員の身に何かが!
だがそれが明らかになったときは既に…


 マンションの屋上にある上水道の貯水タンクは、よほど管理が徹底していないかぎり、そうとう汚れているらしい。清掃業者は、高層住宅の水道水をけっして飲まないという。貯水タンクのなかで、ネズミの死体が発見されたこともあったとか。

 そんなマスコミ報道が、世間を騒がせる昨今のこと、ミネラルウォーターや清涼飲料水が売れている。コンピュータ管理のいきとどいた工場でつくられた製品なら、品質を信頼してもいいはずだが……。

 三五歳になるホセは、世界的に有名な清涼飲料水の海外工場で働いていた。工場の地下室には巨大なタンクがいくつも設置され、それにつながれた太いパイプからは、半加工状態の液体が絶え間なく流れだしている。フルオートメーション化された広い工場内には、人影もまばらだ。

 ホセはいつものように、三台のモニターの前で、タンクから流れだす濁流をひたすらみつめていた。

 機械が正常に作動しているか、配合表とみくらべて異常がないかをチェックするのが彼の仕事だが、問題が生じることはめったになく、きわめて単調な作業だった。

 しかし、内向的で無口な彼にとっては、巨大なタンクのかげにある小さなボックスのなかで、一人になれる仕事は、むしろ快適だった。

 ある日、生産部門のディレクターがみまわりにきたさい、従業員の勤務状況を調べて現場のチーフにたずねた。
「おい、このホセという男は、ここ一週間も出勤していないぞ。さぼっているのか?」

 チーフがあわててタイムカードをみると、たしかに過去一週間の記録がまったくない。
「いやあ、タイムカードに慣れないと、押し忘れることがよくあるんですよ」

 しかし彼はやはり心配になったので、ホセの持ち場にいってみたが姿はみえない。あわてたチーフは、ほかの従業員に聞いてまわった。

 せっかく監視作業のチーフに昇進したばかりだというのに、部下の管理もまともにしていないことがばれたらたいへんだ。
「おい、ここんところホセをみかけなかったか?」

 みな、(だま)って首を横にふるばかりである。ズル休みか、勝手に仕事をやめてしまったのかと、怒りにかられはじめたとき、隣のボックスについていたマリアという女性がいった。
「そういえば、何日か前に、なにか問題があったらしくて、タンクのわきのはしごをのぼっていく彼をみかけたけど。その後はみてません。でも、まさか……」

 マリアはホセの担当していたボックスに走った。なにごとかというようにチーフもあとを追う。
「チーフ! みてください、やっぱり……」

 指さされたモニターをみた彼は絶句した。そこには、うず巻く液体のなかで、濁流に巻きこまれた木の葉のように漂う人間の体が映っていたのだ。報告をうけてかけつけたディレクターは、真っ青になった。

 一週間前からこの状態だったとすると、そのあいだにこのタンクを通った製品が何万本も出荷されていたことになる。警察ざたになって、事件が報じられれば会社がうける打撃は大きい。自分の地位も危ういのではないか。

 しかし、すでに驚いたマリアが警察をよんでおり、しばらくして到着した警官たちは、機械をすべてストップさせるように命じた。大人数でタンクのなかから遺体を引き上げてみると、すでに腐敗が進んでいたが、ホセであることはまちがいないようだった。

 液体が流れこむ勢いのせいか、それともその成分のせいか、体は溶けだしているようにみえる。あわれなホセは、機械の異常をたしかめようとタンクをのぞきこむうちに、なにかの拍子でなかに落ちてしまったのだろう。死因は溺死だった。


 一部始終をみとどけたマリアは震えあがった。以前から、タンクをチェックするさいに転落する危険性を感じていたからだ。彼女は、なにより命が大切と、職を辞した。

 会社の経営陣は、この事態に頭をかかえた。昼夜のシフト制だったにもかかわらず、ホセと交替で同じボックスの勤務についたはずの従業員が、気づかなかったのはなぜか。じつは、その従業員は、酔って暴行事件を起こし、一週間前に解雇されていたのだが、その穴埋めがなされないまま、いまにいたっていたのだ。

 このずさんな管理体制を改めるため、いくつもの改善策が実行された。しかし、なぜか、死亡事件が報道機関に取りあげられることはなく、ホセがタンク内を漂っていたあいだに出荷された製品が回収されることもなかった。

 あの日、即日解雇をいいわたされたチーフが、以降、この清涼飲料水を飲まなかったことはいうまでもない。

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