私立探偵マイク・ハマー
30〜40年代に比べると、50年代以降は私立探偵映画がミステリー映画全体に占める割合が少なくなった。単発や二、三本のシリーズとなるケースはあっても、年に二、三本も作り、全部で十数本にもなるようなシリーズはない。継続性のあるものはTVシリーズの方に移っていき、映画はそれまでにない刺激的な描写を盛り込むようになっていった。ミッキー・スピレインの創造したマイク・ハマーは47年の『裁くのは俺だ』でセンセーショナルなデビューを飾ったが、映画の方はどれも小説よりもトーンダウンしていて大ヒットにはならなかった。最初の映画化作品は "I, the Jury"(53)で3D映画として製作された。戦友が殺され、その弔い合戦にハマー(ビフ・エリオット)が乗り出す。二作目はロバート・アルドリッチ監督の「キッスで殺せ」(55)で、最も評価が高いハマー映画である。深夜のハイウェイで素裸にレインコートをまとったクリスチナをヒッチハイクさせたハマー(ラルフ・ミーカー)だったが、途中でクリスチナは殺され、彼も危うく死にかける。原爆テーマを織り込み、快適なテンポで進行していくマイナー・クラシックスだ。以後、「偽装の女・闇の中の捜査網」(57、日本ではTV放送)、"The Girl Hunters"(63)、「探偵マイク・ハマー/俺が掟だ!」(82)が作られたほか、ハマーものではない「指紋なき男」(54)、"The Delta Factor"(70)が製作されている。またスピレーン自身が「恐怖のサーカス」(54)で殺人犯を暴くヒーローを演じている。
警官映画
49〜53年にかけて行われたキーフォーヴァー委員会による公聴会以後、組織暴力に対する全国的な捜索が行われ、映画界もそれに呼応して組織暴力を扱ったものが多くなった。フリッツ・ラングが警察小説を得意としたウィリアム・P・マッギヴァーンの小説を映画化した「復讐は俺に任せろ」(52)もその一つ。市政を牛耳る犯罪組織に妻を殺されたバニアン警部(グレン・フォード)が復讐心に燃えて立ち向かっていく。組織の一員であるヴィンス(リー・マーヴィン)が嫉妬のあまり情婦(グロリア・グレアム)の顔に熱いコーヒーを浴びせかける場面がショッキングな効果を上げていた。
悪徳警官ものがはやったのも50年代の特徴の一つで、ウィリアム・A・スチュアートの小説に基づく「歩道の終わる所」(50、日本ではDVD公開)、マッギヴァーンの『殺人のためのバッジ』に基づいてエドモンド・オブライエンが主演とともに共同監督もした「事件の死角」(54、日本ではTV放送)、同じくマッギヴァーンの同名小説に基づく「悪徳警官」(54)や、トーマス・ウォルシュとウィリアム・S・バリンジャーの二人が別々に書いた小説二編をミックスして脚色した「殺人者はバッヂをつけていた」(54)などがある。マッギヴァーンの『最悪のとき』に基づく「地獄の埠頭」(56)は、殺人の濡れ衣を着せられて投獄された港湾警察官が出所後に名誉を回復しようとするというストーリー。主役のアラン・ラッドが自分のプロで製作した映画で、波止場を仕切るボスにエドワード・G・ロビンソンが扮していた。57年にはウィット・マスターソンの同名小説に基づく「黒い罠」をオーソン・ウェルズが監督。メキシコ政府特別犯罪調査官ヴァルガスは新婚旅行中にたまたま遭遇した自動車爆破による殺人事件の捜査に加わり、どんな難事件も必ず解決するハンク・ウィンラン警部の活動を見守る。だが、彼は証拠を仕込んで犯人をでっちあげるとんでもない“名警部”だった。ヴァルガスにチャールトン・へストンが扮し、ウィンランをウェルズ自身が演じ、ジャネット・リー、マレーネ・ディートリッヒが脇を固めている。
トーマス・ウォルシュの『マンハッタンの悪夢』に基づく「武装市街」(50)はLAのユニオン駅に駐在する刑事が盲目の少女を誘拐した一味を追うという内容。偶然の多用が玉に瑕だが、ルドルフ・マテのテンポ良い演出で、さほど気にならなかった。刑事にウィリアム・ホールデン、警部に「裸の町」でも警部を演じていたバリー・フィッツジェラルドが扮している。同じ50年、アクション描写にたけたリチャード・フライシャーが「札束無情」(日本ではビデオ公開)を監督。現金輸送用の装甲車が襲われ、銃撃戦で警官と強盗が死亡し、逃走、追跡、潜伏、発見……という典型的なストーリーだった。死亡した警官の同僚で、一味のボスを必死に追うコーデル刑事にチャールズ・マッグローが扮している。フライシャーは52年に「その女を殺せ」(日本ではビデオ公開)を撮っているが、この作品でもマッグローは刑事を演じていた。LAの法廷で犯罪組織について証言する女性を護送するため、ブラウン刑事はシカゴから列車に乗り込むが、組織は殺し屋を次々に送り込んでくる。90年に「カナディアン・エクスプレス」としてリメイクされた。「危険な場所で」(52)はニコラス・レイが監督したアクション・メロドラマ。ニューヨーク郊外で起きた少女殺人事件を捜査しているジム刑事(ロバート・ライアン)は被害者の父(ワード・ボンド)とともに、容疑者の姉メアリー(アイダ・ルピノ)の家に行く。容疑者は山頂から転落死し、ジムは盲目のメアリーに手を差し伸べる。
通常の警察捜査ものでは、ラジオからTVに移って高い人気を誇った"Dragnet"を映画化した「本家・ドラグネット」(54、日本ではビデオ公開)、パトリック・クェンティンの『女郎ぐも』を映画化した「意外な犯行」(54、日本ではTV放送)、ウィット・マスターソンの小説に基づく "A Cry in the Night"(56)などがある。ほかにはエド・マクベインの87分署シリーズから三本映画になっている。『警官嫌い』に基づく「第87警察」(58)、『通り魔』に基づく "The Mugger"(58)、同名小説に基づく「麻薬密売人」(60)がそうだ。