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人生の(珍)選択
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雑学
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1 どんな因果か知らないが今や人もうらやむ大スター

『人生の(珍)選択』
[編]びっくりデータ情報部 [発行] 河出書房新社


読了目安時間:28分
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この欠点が銀幕の大スターへの道を開いた!

「私ロンドンへ行って、バレエ・スクールに入りたいの」と言ったのはオードリー・ヘプバーン。

 第二次世界大戦が終わり、オランダで母との二人暮らしは苦しかった。母は雑役婦、オードリーは写真のモデルをして細々と生活していたが、幼いころ習いはじめたバレエへの熱い思いは絶ちがたく、母にロンドン行きを伝えたのだった。それは彼女が二〇歳のときであった。

 オードリーはモデルやナイトクラブでダンサーをしながらバレエをつづけた。しかし、彼女の身長は一七〇センチありバレリーナとしては身長が高すぎた。さらにトウ・シューズを履けば二〇センチ近くは高くなる。これほどの長身のプリマを支えられる相手役などそうはいない。オードリーのバレエに対する情熱とは裏腹に、現実はつらい決断をくだした。

 バレリーナの夢に破れたオードリーは、ミュージカルにすすんだが、それが映画界に足を踏み入れるきっかけとなった。

 身長というハンディでバレリーナの夢があっけなく破れたからこそ、『ローマの休日』『ティファニーで朝食を』といった映画のオードリーがあったのである。

女を武器にのしあがった女優


 マリリン・モンローの本名はノーマ・ジーンという。ノーマは一六歳のとき、二一歳の飛行機整備工と結婚した。自分を邪魔者扱いしている里親といっしょにいるより、愛してくれる男といっしょにいるほうが心地よかったからだ。

 しかし結婚後間もなく、夫は兵役で長期間留守にすることになり、ノーマは航空機の工場で働くことになった。これが転機となった。

 工場に来たカメラマンにモデルをやらないかと声をかけられ、即OKしたのだ。

 遊びたい盛りの一六歳の少女にとって、華やかなモデルの世界での仕事は魅力的だし、自分が男の目を引く容姿をもっているという自覚もあった。

 男性雑誌のピンナップガールになったノーマは、たちまち人気者になった。

 これなら映画スターにもなれるかもしれない……そう考えたノーマは夫と離婚し、ブルネットの髪を漂白して金髪にかえた。

 こうして「マリリン・モンロー」が誕生したのである。

スクリーンのこの台詞が彼を動かした


 あまいマスクとは裏腹に、男っぽい声としぐさ。

 そんなところが若い女の子を中心に注目を集める福山雅治は、ドラマにコンサート・ツアーに活躍中である。

 高校生時代はバンドを組んで、ロックに夢中だった。しかし卒業後はバンドのメンバーもそれぞれ就職し、バンドも解散。一度は音楽をあきらめてしまった。

 そんなときに見た映画『スタンド・バイ・ミー』のなかで、リバー・フェニックスが言ったセリフに、福山は強い共感を覚えた。
「誰も自分のことを知らないところに行きたいんだ」……そのときまさに自分もそのとおりだったのである。しがらみが多いこの土地では、どうしても大きくかわることはできない。

 二〇歳という年齢は、夢を完全にあきらめてしまうには、あまりにも早過ぎる。そう思った福山は、間もなく会社を辞め、誰も知らない東京に一人向かった。再び音楽をやるためである。

 映画のひと言が、新しい自分を生み出したのだ。

ツッパリ兄ちゃんを一躍スターにした番組


 日本テレビの「天才・タケシの元気が出るテレビ」は、視聴者参加番組のなかでも異彩を放つ存在である。お笑い、ミュージシャン、ダンサーと、この番組出演をきっかけにプロ・デビューしていった者も少なくない。

 凛々(りり)しいマスクにちょっとトボケた感じの役どころが「カワイイ」と、若い女の子に評判のタレント的場浩司もその一人。

 その風貌(ふうぼう)からもうかがえるが、的場は昔、いわゆるツッパリであった。「元気が出るテレビ」には、街のツッパリたちでつくった草野球チームの一員として出演したのである。その名も“極悪チーム”。

 そのチームのなかで金髪を逆立ててひときわ目立っていたのが的場だった。

 それがきっかけでスカウトされた的場は、ツッパリにいちゃんのキャラクターをそのまま生かして、人気タレントになってしまったのである。

その出会いがお笑い女優を生んだ!


 独特なキャラクターをもっている久本雅美は、はじめから“お笑い”がやりたくて、この世界に入ったという。しかし一口に“お笑い”といっても吉本興業の芸人がやるようなコントや漫才ではない。今までにない“お笑いの女優”である。

 人を笑わせる仕事をしたいとずっと前から思っていたが、漫才師にはなりたくなかった。

 といってなにになったらいいのかわからずにいた彼女が、これまでにない“お笑いの女優”というポジションをめざすようになったのは、たまたま見た、劇団・東京ヴォードヴィルショーの舞台がきっかけだった。

 その舞台では若い劇団員たちがとんだり、はねたり、踊ったり、そしてギャグを言ってお客を笑わせたり……。見終わるやいなや「私がやりたかったのはコレだ」と彼女は思ったのだ。

 そして東京ヴォードヴィルショーに入団。退団後、ワハハ本舗を結成し、お笑いの女優として舞台、テレビなどで大活躍しているのは周知のとおりである。

ただの田舎者が超人気俳優になれたわけ
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