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世界の有名人ここだけの話
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雑学
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5 表向きの顔とは大違いの実像に仰天! ――あのグレース・ケリーはファザコンゆえに王家に嫁いだ?!

『世界の有名人ここだけの話』
[編]びっくりデータ情報部 [発行] 河出書房新社


読了目安時間:26分
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ミッキーマウスの生みの親が東京大空襲をけしかけた?!/〈ウォルト・ディズニー〉


 数々のディズニー映画とディズニーランドの生みの親、ウォルト・ディズニーは、どんな人だったのだろうか?

 おとなになっても子どもの頃の夢みる心を失わなかったロマンチストといったイメージが強いかもしれない。

 だが、彼はじつはバリバリの実業家。ディズニーは、ディズニー映画の絵を描いてもおらず、脚本も書いていないし、監督すらしていない。自分で直接作品にタッチすることはほとんどないプロデューサーだった。

 そして、映画で表現しようとしたもののテーマも、「夢」でもなければ「愛」でもなかった。

 彼は、バリバリの右翼で、戦争礼賛者。社会主義者だった父親への反発と、低賃金に耐えかねた従業員がストライキを起こしたことなどから、極右といってもいいほどの反共主義者となり、ナチスの影響を強く受けていたという。

 一九五〇年代、ハリウッドで「赤狩り」(マッカーシズム)旋風が巻きおこったときの急先鋒だったことでも知られている。

 あの独裁者ムッソリーニも、ディズニーをファシズムの仲間と思っていたようで、イタリア国内でのアメリカ映画の上映を禁じたときも、ディズニー映画だけは上映を許した。

 そして、戦争のために収入減となると、危機を乗り切るため、戦意高揚映画と軍人訓練用映画を製作。軍の発注でつくった映画の年間製作量は、平和なときの一〇倍にもおよんだという。

 その戦争協力映画のひとつ『空軍による勝利』は、ラストに東京を飛行機で爆撃するシーンがあり、東京空襲を軍にけしかけているともいわれている。

 まさかディズニー映画だけで米軍が東京大空襲を決定したわけではあるまいが、ディズニー映画がその決定に影響していた可能性は否定できない。


“九死に一生”を31回!ハードボイルド人生の中身/〈ヘミングウェイ〉


 ヘミングウェイは、小説以上に過激な人生を送った人物である。彼には、「自分を男らしくみせたい」という異常なほどの執着心があったようで、まるで好むかのように危険のなかに飛び込んでいったし、危険も向こうから彼のもとへとやってきた。彼が人生で遭遇した危険は三一回もあり、体は満身創痍だったというのだ。

 最初の危険との闘いは一八歳、第一次世界大戦でイタリア戦線に赴いたときだ。敵の砲撃で破片を体中に浴びて足に二二八個の弾片を受け、すべてをとりだすために行った手術はなんと一二回にもおよんだという。

 さらにバスルームの天窓が落下して重傷を負ったこともあるし、自動車事故で死にそうになった経験が全部で三回。五四歳のときには飛行機がアフリカのジャングルに墜落し、一時は「ヘミングウェイ死す」のニュースまで流れたが、奇跡的に生還。しかし、救助した飛行機が離陸に失敗して炎上し、ヘミングウェイはドアを蹴破って命からがら脱出したという。

 こうした武勇伝は、ヘミングウェイがみずから周囲の人々にやたら話して聞かせており、彼はひたすら自分の男らしさを強調していた。結婚歴は四度で、いかに多くの女性と寝たかといった自慢も多かった。

 ヘミングウェイのこういう性格には、幼少時代、一歳半年上の姉と揃いの女の子の洋服を着せられ、髪も女の子のように長くして育てられたことが大きく影響しているらしい。よほど彼にとって「いまいましい過去」だったらしく、その影響で彼はことさら自分を男らしくみせたがったのではないかといわれている。

 ただ、ヘミングウェイの武勇伝については、かなり眉唾物だという説もある。彼は戦争中、いかに勇敢に戦い、危険な目にどれほどあったかをやたら宣伝したが、実際の彼は非戦闘員だったというのである。こうなると他の話もかなり怪しい。

 彼の武勇伝はすべてつくり物だったのか、それとも真実だったのか。ノーベル賞作家だけに、つくり話が得意だったことだけは疑いようもない。


気難しさがたたってトラブル続きだった天才作曲家/〈ベートーヴェン〉


 耳が聞こえないというハンデをもちながらも、作曲家として大成功をおさめたベートーヴェン。偉人であり聖人であったかのようなイメージがあるが、どうやら、そのイメージとはかけ離れた短気な性格の持ち主だったようである。

 ベートーヴェンの短気さを示すエピソードは数々残っている。有名なのが、とにかく家政婦をつぎつぎに変えたことだ。彼は美食家で、とにかく食事に関してうるさかった。一〇個の卵でオムレツをつくらせるとき、その生卵を皿の上に並べて、ひとつひとつじっくり吟味し、納得できない卵があれば、それを家政婦に投げつけるなんてことも平気でやってしまうのである。

 あるときなど、腐った卵を掴んで窓から投げ捨ててしまった。そのうちのひとつが通行人に当たって大騒ぎになったが、ベートーヴェンは知らんふりだったという。
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