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タモリ学 タモリにとってタモリとは何か?
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エンタメ
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テレビに出ちゃいけない人間だった

『タモリ学 タモリにとってタモリとは何か?』
[著]戸部田誠(てれびのスキマ) [発行]イースト・プレス


読了目安時間:3分
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 「タモリさんはな! いわば、俺と同じなんだよ!“底辺の芸人”なんだよ!」


 『27時間テレビ』で11年ぶりに『いいとも』に“乱入”した()(がしら)2:50は、興奮してそう言い放った。


 「あの時代にタモリさんが『いいとも』の司会になることが、どれだけセンセーショナルでアナーキーなことか分かるか!?



 タモリがデビューしたのは1975年、30歳の時。『いいとも』の開始は1982年だ。デビューから7年で帯番組の司会に抜擢されること自体異例だが、それが昼の生番組というのは、当時のタモリのマニアックな芸風を考えれば相当に大胆な起用である。


 タモリ自身もこう語っている。



 「僕はあの当時、テレビにほぼスレスレに出ちゃいけない人間だった……。ヤバイやつだったんですよ、今で言うと誰かな? 江頭2:50。あんな感じのイメージですからギリギリですよ」[1]



 冒頭の江頭の発言は、これを受けてのことだったのかもしれない。


 デビュー当時のタモリは、デタラメな外国語を駆使した「四カ国語マージャン」や、(てら)(やま)(しゅう)()(たけ)(むら)(けん)(いち)らの「思想模写」(単なるモノマネにとどまらず、本人が「いかにも言いそうなこと」を語る)などで注目を浴びた。


 「四カ国語マージャン」は、たとえばベトナム人が中国人の捨てた牌に「ロン」と言うと、中国人が「チョンボだ」と難癖をつけ、それをアメリカ人が仲裁する……といった様子を、タモリがただひとりで表現するもの。


 もちろんその言語はデタラメだが、しかしそれぞれのメンツが実際にその国の言葉で、その局面に応じた意味のことをしゃべっているかのように聞こえるのだ(そこに後ろで見ていた()(なか)(かく)(えい)──昭和天皇の場合もあるが、もちろんテレビではできない──が口を出しさらに場が混乱、ついには乱闘騒ぎになってしまうというバージョンもある)。


 これらの芸はめちゃくちゃな中にも知的な匂いのするものだ。


 タモリは幼少時、好んでラジオを聴いていた。落語、講談、浪花節なども聴いたが、何より熱心に耳を傾けたのは、九州という土地柄受信できていた米軍放送や北京放送だった。もちろん言葉の意味は分からない。しかしその言語のリズムやおかしみが好きだった。


 「韓国のラジオ・ドラマは最高だったナ。家庭の風景の状況だけは、音でわかる」[2]


 こうした素地があればこそ、のちに「四カ国語マージャン」のような芸を生むことができたのだろう。


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