読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン

犬耳書店はRenta!へ統合いたします

(2021/11/26 追記)

犬耳書店の作品をRenta!に順次移行します。
詳しくはこちらでご確認いただきますよう、よろしくお願い申し上げます。

0
-1
kiji
0
1
1039666
0
人間は瞬間瞬間に、いのちを捨てるために生きている。
2
0
3
0
0
0
0
エンタメ
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
色気と食い気

『人間は瞬間瞬間に、いのちを捨てるために生きている。』
[著]岡本太郎 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:5分
この記事が役に立った
3
| |
文字サイズ


 朝食はどこでも一般に簡単だが、しかし最もデリケートだと思う。健康な一日をひらく新鮮な喜びだし、二日酔のときなど、気の利いた朝食は頼りない胃袋に力を回復してくれる。


 それにしても、私は随分いろいろな朝食を経験した。暮した土地土地でのヴァリエーションも豊かである。フランス、イギリス、オランダ、スイス、イタリア等、ほとんど同じような料理を食べている国々でも、朝食のようすだけはまったく異なっているのが面白い。


 パリに着いて初めて、クロアッサン、軽い半月形のパンに、キャフェ・オー・レー(ミルク入りのコーヒー)だけの簡単なフランス式の朝食をとったとき、それが素晴らしくおいしいのに、パリ生活の前途を祝したものだ。


 ところがオランダに旅行して驚いたのは、朝食の豪華なことであった。卵、ベーコン、ハム、各種のジャム、バタ、くだもの、それに名物の赤カブのようなオランダチーズなど、食卓にずらりと並んで実に壮観である。とても食いきれそうもないと思いながら、結構平らげてしまった。


 スイスの朝食も、ほぼ同様だが、なおその上に蜂蜜が豊かに添えられている。この極端な違い方が、どういう理由によるのか知らない。だが、いずれにしても、日本に帰って以来、一番なつかしまれるのは、不思議に、あの単純なフランスの朝食である。そこに織り込まれたさまざまの思い出のせいだろう。


 芸術家にとって、パリは夜の世界だ。夜の雰囲気を愛する彼らの多くは、一晩中踊り、かつ喋る。遊び疲れて、朝、寝に帰る前、温かいキャフェ・オー・レーにクロアッサンを浸しながら食べるのである。ノクタンビュル(夜明し人種)には、フランス式朝食はもってこいというわけだ。


 私も随分、就寝前の朝食を愛したものだ。しかし、その中には、まったく味気なく、情なかった夜明けの思い出もまじっている。


 カジノで、バカラ(賭博の一種)に夢中になっていた時分のことである。宵のうち、ひどくついていた。べら棒に儲けて有頂天になっていただけ、敗けだすと躍起になる。儲けたりすったり、結局すってんてんになり、かなり義理の悪い金まで根こそぎさらわれてしまった。気がついた時にはすでにしらじらとした朝の光が窓からさし込んでいる。さすがに気を抜かれて外に出た。


 陽光を浴びたすがすがしい街路樹を、疲れた眼にぼんやり映しながら歩いていた。頭の上に、いきなりペタッと落ちて来たものがあった。手をやってみるとべとりとする。あわててハンカチで拭き取ったが、まぎれもない、それはカラスの糞であった。思わず私の眼に口惜し涙がにじんだ。──畜生!


 若い時からのフランス生活で、思考にも自動的にフランス語が出て来るのだが、この時ばかりは「泣きっ面に蜂」という日本語の文句がピンと胸に食い下って来た。


 ポケットに残っていた小銭で、キャフェのカウンターで立ったまま朝食をとったが、その時のクロアッサンの味は果しなくにがく、コーヒーの匂いには汚物のそれが混っていた。


 もっと惨めな思い出──それは遥かに飛んで、中国大陸における前線生活時代のことだ。いつも小石や(もみ)がひどく混っている惨めな飯だとはいえ、まだある時はよかったが、それさえ、しばしば欠乏した。すると、三分粥ぐらい薄いのが一椀、しかも、一日二度しか給与されなかった。朝食は十時に決められた。夕食兼昼食は三時、作業は平常通りである。七時の起床から、十時までの耐え難い時間、それはなまじ与えられるという希望があるだけに、絶食するよりも数倍もやるせなかった。戦闘中ではないから、まぎれる緊張感がなく、食事までの時間が永遠の長さに感じられる。何日も何日もそれがつづくと、急に年をとって来るような気がした。


 哀れな話はこれくらいにして、もっとうれしい食事について語ろう。


 食い気と色気は両立しないと考えるのが、わが国の常識だ。しかし、ヨーロッパでは、女性に近づき口説き落すには、まず夕食に誘うのが定石らしい。勿論、レストランで待ち合せるなどという野暮なことはしない。キャフェのテラスなどで、アッペリティーフ(食前の酒、女性はたいていベルモットの類、男はアプサンなど)をのみながら、鮮かな会話で攻撃戦を展開しはじめるのである。


 レストランはやっと七時すぎ頃から開かれる。ようやく席がにぎわいだすのは八時、九時をすぎてからである。白から始まり、赤の葡萄酒に進む。コースが終ると、コーヒーと共に酒好きはまたディジェスティーフ(食後のリキュール)等をのむ。


 酔いは全身に情感の花を開かせ、満腹感は必勝の信念となる。


 十時頃から始まる芝居や映画を一緒に観てから、十二時すぎ、また軽いスーペ(夜食)に誘う。それは、何よりも微妙な含みを持った色っぽい味を持っている。ここで前半戦が終り、後半戦の続行はかけひきしだいなのである。しかし、実はすべてが決定している。彼女のそぶり、眼の輝きは、あらわにそれを語っているにちがいない。


 彼女があなたと、それ以上つきあいたくない場合、そのそぶりは絶望的である。また、心は惹かれても、どうしても事情が許さない場合もあるだろう。彼女がいやいやしたら、極めて紳士的にすべてを諦め、いんぎんに彼女を戸口まで送りとどけて、おしまいである。しかし彼女の、あなたのいざないに期待する美しい眼の輝きを見逃してはならない。そして、彼女が深夜の歓楽境、モンマルトルあたりのキャバレーにつきあってくれるなら、翌朝まで、あなたはふんだんに、虚偽と真実をつきまぜた数万言で彼女を口説くことができる。あとは腕しだい、男ぶりしだいである。


 一夜のアヴァンチュールが実を結んでも結ばなくても、朝は無慈悲に明ける。そして話はふたたび朝食に舞い戻るのである。享楽のあとで食べる朝食の味は、ほろにがく、空しい。しかし、無限なノスタルジーをおびた格別の味がある。


 食物としての量は少ないが、青春の夢のプロローグであるスーペと、そのエピローグである朝食が、感傷や想い出の点で、最もヴォリウムに富んでいるといえるだろう。

この記事は役に立ちましたか?

役に立った
3
残り:0文字/本文:2470文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次