◆最新の宇宙論では、宇宙の始まりはビッグバンではないという。それでは、最初の宇宙とはどのようなものだったのか?
キーワード 「無」の世界 インフレーション 真空エネルギー
ビッグバンよりも前に誕生した宇宙
宇宙の起源について、一般には「宇宙の誕生は、ビッグバンと呼ばれる大爆発が始まりである」─すなわち、「ビッグバンから宇宙が誕生した」と理解されているようだ。しかし今日では、ビッグバンは宇宙が誕生してからごくわずかの時間(10の34乗分の1秒)後に発生した現象だと考えられている。つまり、ビッグバンは本当の宇宙の始まりではないのだ。
現在の宇宙論では、宇宙は「無」の世界から突然生まれたものとされている。ここでいう「無」とは、単に何もない状態のことではなく、空気や原子、さらには光や時間さえも存在しない世界のことである。あまりピンとこないかもしれないが、宇宙が生まれる前には、いつでもない、どこでもない、時間も空間もない高次元のみがあったということである。その何もない世界から、137億年前のある日、突然に10の34乗分の1センチメートルという極小の宇宙が生まれたとされる。
宇宙は「無」から生まれたって?
何もない「無」からどのように宇宙が誕生したのかというと、宇宙の「ゆらぎ」が鍵となっている。量子論の観点では、何もない「無」の状態でもものが完全に止まった状態になることはなく、ごくわずかなゆらぎが必ず存在するとされている。
ロシアの宇宙論学者のビレンキンが提唱した仮説によれば、このような状態では、「宇宙そのものは存在していなくても存在する可能性はゼロではない」という、宇宙は不確かで確率的な存在になる。つまり、その存在確率を表す関数のように振る舞うのだ。その不確かな存在だった最初の宇宙が、大きさゼロ、エネルギーもゼロという「無」の状態から、一気に「有」の状態に顕在化したとされる。
ビッグバンの前にインフレーションもあった
最初の宇宙が誕生した瞬間から、10の44乗分の1秒後〜10の34乗分の1秒後というごくわずかの時間で、インフレーションと呼ばれる激しい膨張が発生した。インフレーションにより10の34乗分の1センチメートルという極小の宇宙は、一気に10の100乗倍ほどにも膨らんだという。最初の宇宙には物質はまったく存在していなかったのに、そのエネルギーはどこから出てきたのかというと、当時の宇宙は温相の真空と呼ばれる状態で真空エネルギーに満ちており、それがインフレーションを発生させたと考えられている。
そして、宇宙誕生から10の34乗分の1秒後にビッグバンが起こり、真空エネルギーが熱エネルギーに変換され、宇宙は超高温・超高密度の火の玉のような状態になった。それがどんどん膨張していき、それとともに密度が希薄になって温度が下がっていき、現在に至っていると考えられている。
つまり、ビッグバンの「爆発」とは、時間と空間が誕生したときに発生した時空そのものの爆発である。すでに存在していた何ものかが爆発した現象、すなわち通常の爆発とはまったく違うものだということに注意してほしい。
おちょくって名付けられた名前
ところで、この「ビッグバン理論」を確立させたのが、ロシア生まれの米国の物理学者ガモフである。今でこそビッグバン理論はしっかりと実証されて定着しているが、当時の定説は英国の天文学者ホイルが提唱していた「定常宇宙論」で、ガモフの説は突飛な理論と思われていた。
ホイルはラジオインタビューや著書の中で、ガモフの火の玉宇宙論を「あいつは宇宙が大爆発(ビッグバン)で始まったと言ってやがる」と揶揄していた。ユーモアセンスに長けていたガモフがこのネーミングを気に入り、自説に正式に「ビッグバン理論」と名付けたという裏話もある。