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暗黒の日本史
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歴史
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千利休が自刃に至った本当の理由

『暗黒の日本史』
[編]歴史の謎研究会 [発行]青春出版社


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■信長・秀吉・利休の接点

 天正19年(1591年)2月28日、茶の湯の大成者・千利休(せんのりきゅう)自刃(じじん)という形で70年の生涯に幕を閉じた。関白(かんぱく)豊臣秀吉(とよとみひでよし)の命により、切腹させられたのである。

 秀吉はなぜ、茶頭(さどう)のひとりとして信頼をおいていた利休を死に追いやったのか。その死の真相を探るには、まず利休が秀吉と出会うまでの経緯について触れなければならない。

 利休が歴史の表舞台に登場するのは、織田信長(おだのぶなが)に茶頭として大抜擢された1572年前後のことといわれる。

 茶頭とは、信長が作った職制に組み込まれない役職で、接待のために茶を入れて奉仕する役の人のことをいう。

 戦国の革命児・信長は、懐柔(かいじゅう)したい人物や知己(ちき)としたい人物を茶会に招いては名物茶器を披露して権勢を見せつけた。茶の湯を政治に利用したのである。

 一方で、家臣たちが戦功を上げたら恩賞として名物茶器を下賜(かし)し、茶会を開くことを許可した。
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