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心を軽くする言葉
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生き方・教養
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1◎ 宇宙の法則

『心を軽くする言葉』
[著]小林正観 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:13分
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人生の設計図


死ぬ日は、生まれた瞬間から決まっているみたいだ。
人生の設計図を描いたのは自分。
出会う人、出会う人、すべては、
自分の意志で配置し、「いていただいた」人。



 人生にどんなことが起こるかは、あらかじめ決まっているようです。その予定表をつくったのは、ほかならぬ自分自身らしいのです。

 私たちはみんな、生まれる前に自分が一番いいように設計図を描き、それを神さまに了承してもらってこの世に生まれてくるらしい。ということは、目の前に起こるどんな現象も、すべて自分で決めて起こしたことと言えます。

 あなたにいやがらせをしたり、ひどい言葉を投げかけたりする人がいたとしても、すべては自分自身が人生に配置して、そこに「いていただいた」方々です。

 たとえば、人生で起こることが一〇〇%「温かいこと」ばかりで、出会う人も一〇〇%「温かい人」ばかりだとしたら、人はうぬぼれてダメになります。逆に、起こることすべてが「冷たいこと」ばかりで、出会う人全員が「冷たい人」ばかりでも、やはり人はエネルギーを失ってダメになってしまいます。だから、「温かいことや人」と「冷たいことや人」の割合が五〇%同士になるように、私たちは最初から決めてきているのです。

 それならば、起こることを「不幸だ」と嘆いても、出会う人に対して愚痴(ぐち)を言っても、意味がありません。すべてを「そうなっているもの」ととらえ、受け入れていくことが楽な生き方なのではないでしょうか。




五戒


「不平不満」「愚痴」「泣き言」「悪口」「文句」の
「五戒」は口にしないこと。
前向きに受け止め、困難に陥っても
希望や展望を失わないこと。


「不平不満」「愚痴」「泣き言」「悪口」「文句」の五つの言葉を、私は「五戒」と呼んでいます。これらの言葉を口に出すだけで宇宙を敵に回してしまうように思います。

 けれども、「何か感じていることを話してください」と問われれば、これらの言葉は言いやすいし、挙げやすいものです。

 以前、ある先生が「生徒が好きになれないから教師を辞めたい」と言ってきたとき、「生徒について気に入らないことを挙げられますか?」と尋ねたら、その人は「もちろんです。一人一〇項目でも挙げられます」と答えました。「では、生徒全員について、評価すべきところや、ほめてあげたいところを五項目ずつでも挙げられますか?」と聞くと、先生は「できません」と答えました。一人一つずつでも挙げることができませんでした。
「それなら、辞めるのは一年先に延ばして、毎月一つずつ、生徒全員について優れていることを書き出してみてはいかがですか? それで一年たってまだ生徒たちが好きになれないなら辞めることにしては?」

 一年後、その先生は生徒たちから愛される素晴らしい先生になっていました。
「五戒」を口に出すのは簡単ですが、私たちはもっと素敵なもの、素晴らしいものを探すためにこの世に生まれてきました。時間をそのように使いたいものです。




人生の三つのテーマ


人生には、「いま、取り組むべき課題」という短期テーマ、
「人生をどう生きるか、何を残していくか」という中期テーマ、
「魂が何千回、何万回と生まれ変わって追い求めていく」
長期テーマの三つの「テーマ」がある。
「テーマ」とは、must(ねばならない)ではなく、
「やらなくてもよいこと」を自分に課すこと。



 ある有名な禅宗のお寺で、雲水(うんすい)(修行僧)たちが「一番つらい修行はなんですか?」と質問されました。一人の雲水が「私が答えてよろしいですか」と進み出ました。

 その寺の冬はとても厳しいし、素足で石の上に座って礼拝(らいはい)するつらい修行もある。でも、本当につらいのは、そんなことではないとのこと。

 修行僧には掃除の担当が決まっていて、廊下やお堂などが一人ひとりに割り当てられている。でも、掃除を見に来る人はいないし、チェックされることもない。しかも、一日中使われなくてきれいなことも多いから、さぼっても手を抜いてもわかりません。

 そんな中で、雲水たちは“怠け心”と戦わなければならない。それが一番つらいことだそうです。
「しなくてもいい」という状態に置かれて、「自分の意志で何をし続ける」か。これが人生における「テーマ」です。雲水のテーマは「いま、何をするか」という短期のテーマですが、ほかにも、私たちは人生を通じて試みたい「中期のテーマ」と、人生を超えてまでし続けたい「長期のテーマ」があります。

 これらは決して「やらなければならない」というものではなく、自分の意志で「やろう」と決めることです。人生を味わい深いものにするコツの一つでもあります。




笑顔の効果


笑顔や笑いの表情をつくると、
(ほお)の周辺の筋肉をたくさん使い、
頬骨の下の神経を刺激して
老化物質を止めてくれる。



 人の老化には「老化物質」が影響しています。

 ある説によれば、眉間(みけん)にシワを寄せると、その下を通っている神経が刺激され、老化物質がドドッと出てくるらしい。

 ということは、イライラしたり、不満げな表情ばかりをしていたりする人は、眉間にいつもシワが寄っていて、そのたびに老化物質が分泌されますから、何倍も老化が早く進んでしまいます。

 これを止めるには、頬骨の下を通っている神経を刺激するしかありません。

 それは簡単にできます。ただニッコリすればいい。そのたびごとに頬の筋肉が神経を刺激し、老化物質の分泌は止まります。

 だから、「口元にいつも笑みをたたえている人」は決まっていつまでも若々しい顔をしています。もし自分が不快な表情をしたと思ったら、すぐに切りかえて笑顔をつくるようにしましょう。
「笑う」ということには、がん細胞をやっつける「NK細胞」を活性化する効果もあることがわかっています。だから、あらゆることに喜びを感じ、感謝の気持ちを持ち続け、笑顔を絶やさない人ほど、いつまでも健康で若々しくいられます。




賞賛のエネルギー


富士山(ふじさん)は「二つとない素晴らしい存在=不二(ふじ)」と
「賞賛」を浴びてきた。
そのエネルギーやパワーの蓄積が、
人にパワーを与え、元気にする。



 人から賞賛を浴び続けてきたものは、「賞賛」を貯金のように貯めてパワーやエネルギーの塊にしているような気がします。富士山などは、累計で見ると、何億人どころか何十億の人から「すごい」「素晴らしい」と賞賛を浴び続けてきたのですから、それを見た私たちがエネルギーやパワーを感じて元気になっていくのも当然のことでしょう。

 いわゆる御神木も巨木も、また、見事な建造物や仏像も、それらは「すごい」「素晴らしい」と賞賛を浴び続けてきた存在です。それらすべてを兼ね備えた神社やお寺であれば、「そこに行くだけで元気になる」というパワースポットになっていたとしても不思議ではありません。

 これは、人の場合でも同じこと。

 多くの人から賞賛されてきた人物は、やはりパワーやエネルギーを内に貯めています。だからこそ、そういった人たちの近くにいれば、「高いエネルギー」を浴びて、こちらも元気になる。

 逆に、もし人を「素敵だ」とか「素晴らしい」と思ったら、遠慮なく相手を賞賛しましょう。そうすれば、相手はエネルギーを貯めてどんどん元気になってくれて、あとでそれを「私」に返してくれます。




勉強と実践


多くの会に参加して、人の話を聞いて
勉強することだけで安心しないこと。
勉強の目的は「実践」。



 多くの人が陥りがちなことですが、たくさんの本を読み、たくさんのセミナーや講演会に参加して、それで自分がかなり成長し、向上したように思ってしまうことは少なくありません。

 しかし、多くの勉強をしても、その勉強が自分の日常の言動につながっていなければ、それは意味のないことと思います。

 たとえば、昔、有名な先生のセミナーにいくつも参加したという人と話をしていました。その人は、ある人の発言が気に入らないということで、帰り際にこんなことを言いました。「あの人が参加する以上、私はもう来ない」と。

 多くの人から多くのことを聞き、学んできた結果として、「人を憎まず、恨まず、(のろ)わずに、誰に対しても同じ態度で接することができる」というのが日常の「実践」というものであったはず。なのに、たくさんの勉強をしておきながら、そのような言葉が口から出てしまうのは、「勉強が生かされていない」ということではないでしょうか。

 いくら「自分探し」の勉強をしても、それが日常生活の中で「実践」されていなければ、何も知らなかったのと同じこと。

 私たちが勉強をする目的は、すべて「実践」という一言に集約されます。




振り子の法則


「幸せになりたい」とお願いすると、
神さまは右のほうに一二〇度まで引っ張って
ギブアップしたときに、そこで手を離す。
そうすると、真ん中を通り過ぎて、
振り子は左のほうに一二〇度の位置まで上がっていく。
「幸」「不幸」はそういう構造になっているらしい。



 たとえば、私たちから見て右半分が一般的に言われる「不幸」で、左半分が一般的に言われる「幸福」だと思ってください。

 私たちが「幸せになりたい」とお願いすると、神さまは「わかりました」と言って振り子を左に持っていくかと思いきや、右のほうに引っ張れるだけ引っ張るらしいのです。

 たとえば、山の中で遭難して何も食べられなかったとしましょう。なんとか助けられて里にたどりつき、そこで一杯のおかゆをいただいた。それはこのうえなくおいしく、楽しく、幸せで、素晴らしい食事となります。

 でも、毎日のように贅沢(ぜいたく)な食事を食べ続けている中で一杯のおかゆをもらっても、その価値はわからない。つまり、私たちが「幸福」を感じるためには、その前に、一般的に「不幸」と言われるような現象が存在しなければなりません。「私」にとって「不幸」と感じられることは、いったいなんなのか。この場合も、「遭難して空腹になった」という現象がなければ、「一杯のおかゆがおいしい」という「幸福」がなかったのですから、それは幸福の“前半分”ということになるかもしれません。

 ということは、一般的に言う「不幸」などというものは存在しないのかもしれません。振り子が右に行っているか、左に行っているか、というだけの現象なのです。




宇宙預金


自分の流した汗は二通りの報酬で返ってくる。
一つは金銭。一つは「宇宙預金」という形のパワー。
宇宙預金は年利が一〇〇〇%で複利だから、
来年は一〇〇万%に、再来年は一〇億%になる。



 寝たきりのご両親の面倒を見ているとか、あるいは道端に落ちているタバコや空き缶を拾うとか、そういう行いに労力を使えば、「宇宙預金」にお金とパワーが貯まっていきます。

 パワーというのは、言葉を換えて言うと人脈、もうひとつ別の言い方をすると「宇宙預金」という形になります。お金のほうは定期預金にしても利率は〇・一%くらいですが、宇宙預金のほうは年利が一〇〇〇%というすごいもので、お金が欲しいと思ったらお金で、パワーが欲しいと思ったらパワーの形でちゃんと返ってきます。

 けれども、たとえば道端のタバコの吸い殻を拾っている人が、「私はそういうことをやっているんだ」と人に言う。あるいはその状況を人に見られる。そのとき、年利の一〇〇〇%が半減して五〇〇%になってしまいます。

 それから、自分がやっていることに対して「不平不満」「愚痴」「泣き言」「悪口」「文句」のどれかを言ったら、その時点で瞬時に「宇宙預金」はゼロになってしまうらしい。

 せっかくよいことをやっているのに、「なぜ、私はこんなに苦労しなければならないんだろう」と言っていたら、五年たっても、一〇年たっても、貯金額はまったく増えません。

 だから、「つらい思いをしている」と思うのではなく、「宇宙預金が積み上がっているんだ」と思ってみてはどうでしょう。そうすれば、いろんな形で利息をいただけます。




先払い現象


宇宙は先払いシステムで動いていて、
「前半分」と「後ろ半分」で
“幸せのワンセット”になっているらしい。
不平不満や文句を言わないで受け入れられる人にだけ、
先払い現象が起きるらしい。



 人間は未熟なるがゆえに、ものごとの「前半分」だけを見て、「良い・悪い」「幸・不幸」と答えを出してしまいがちです。

 だから、「不幸なことが起きた」と言う人も、ものの見方を広げていけば、まったく不幸ではないのかもしれません。因果関係がわかると、「いまの状況に至るためには、その出来事が絶対に必要だった」「あの体験のおかげで、ここに連れてこられて、こんな話が聞ける。いろんな人に出会えた」……ということに気がつきます。

 そうすると、生涯に一度しか起きないような大事故に出会った人は、それから半年以内にその代償を支払ったことの“本体”がやってきます。ものすごく楽しくて、幸せで、喜びだと思うことが待ちかまえています。そういう人は、その先払いをしたんだと考えればどうでしょう。

 せっかく先払いをしたのに、「本体のほうが来ない!」と言う人もいます。「不平不満」「愚痴」「泣き言」「悪口」「文句」を言った人です。
「先払い」という構造がわかれば、「人生につらく悲しいことなんてないんだ」と、どんなことがあってもニコニコしていられます。いろいろな事件が起こるたびに、「今度は何が待ちかまえているのかな」と楽しめるでしょう。




争わない知恵


「北風と太陽」の話にたとえると、
良寛(りょうかん)さんは「太陽」の人。
問題を争うことなく解決する、
人間はそういう存在なのだ、と、
言い続けていたのではないか。



 越後国(えちごのくに)(いまの新潟(にいがた)県)で生まれた良寛さんというお坊さんがいました。生涯貧しい暮らしをしていましたが、その言葉はつねに人を力づけ、温かく、明るい気持ちにするものでした。だから、多くの人に慕われています。

 そんななか、良寛さんを(ねた)んでいた人がいました。村一番の嫌われ者だった渡し船の船頭で、大酒飲みの乱暴者。船頭は「いつの日か良寛が自分の船に一人で乗ってきたら落としてやろう」と考えていました。幸か不幸か、その日はすぐにやってきました。そして、川の半ばまで船を出し、ゆらゆら揺らして良寛さんを船から落としてしまいます。

 良寛さんは泳げません。だから、おぼれかけて死にそうになる。船頭も殺すつもりはありませんから、「もう、これくらいで勘弁してやるか」と良寛さんを引っ張り上げる。すると、良寛さんはこう言いました。
「あなたは命の恩人だ。助けてくださってありがとう。このご恩は一生忘れません」

 良寛さんだって船頭が船を揺らしたのはわかっていたでしょう。村の評判だって聞いていたはず。なのに、彼は助けてもらったお礼の言葉しか口にしませんでした。

 そして、船頭は真人間になることを決意しました。「太陽」のように争うことなく問題を解決する。それが良寛さんの「実践」でした。

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