読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1041568
0
本当は怖い日本の城
2
0
6
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
松前城

『本当は怖い日本の城』
[著]知的発見!探検隊 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:2分
この記事が役に立った
6
| |
文字サイズ

蝦夷(えぞ)
謀殺(ぼうさつ)されたアイヌたちの呪い

〈松前城データ〉
築城主:松前崇広
築城年:1606年
所在地:北海道松前郡松前町
アクセス:JR江差線木古内駅下車

アイヌの亡霊が耳を探して歩き回る


 江戸時代、アイヌ民族との交易を独占していた松前藩の松前氏の居城だった松前城。城の裏手には、現在もアイヌ民族との激しい戦いがあったことを物語る(ほこら)が残されている。

 16世紀、アイヌ民族は、松前城下だけでなく、津軽や南部地方にまで船を出し、幅広く交易をして豊かに暮らしていた。しかし、17世紀に江戸幕府による幕藩体制が確立すると、幕府はアイヌとの交易を松前藩に独占させ、アイヌは自由な交易ができなくなってしまう。さらに、その交易はアイヌに不利なレートを押しつけるという収奪に近いものだった。このような状況の中、アイヌたちは不満を募らせていく。

 そして、1669年、アイヌたちは、酋長シャクシャインを中心に松前藩に対して一斉に蜂起。一時は優勢に戦いを進めたアイヌ軍だったが、弘前、盛岡藩の支援を受けた松前藩の反撃に、戦いは硬直状態に。

 すると、松前藩は、戦いの長期化や幕府による改易を恐れて謀略を巡らせ、シャクシャインを和睦交渉と偽って呼び出しアイヌ13名とともに斬り殺し、耳を斬り落とした。

 これで戦いは終結するが、これ以降、松前城では耳を捜し求めるアイヌたちの亡霊の目撃が相次ぐ。そこで藩は、亡霊を鎮めるために城の裏山に耳塚を造り、丁重に供養した。それ以来、亡霊は姿を見せなくなったという。

あな恐ろしき怪異の舞台〈松前城〉

井戸の底から襲いかかる忠臣の怨霊


 江戸時代中期、松前藩の重臣、丸山久治郎兵衛は、彼の成功をねたむ他の家臣の謀略で、井戸に落とされて殺されてしまう。その後、藩内では、藩主が怪死するなどの怪異が続き、久治郎兵衛の呪いとして恐れられたという。

江戸時代後期、松前城は北方警備の拠点とされた。


この記事は役に立ちましたか?

役に立った
6
残り:0文字/本文:805文字
      この記事を収録している本
      レビューを書くレビューを書く
      この本の目次