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本当は怖い日本の城
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歴史
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弘前(ひろさき)城

『本当は怖い日本の城』
[著]知的発見!探検隊 [発行]イースト・プレス


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陸奥国
婚家の太平を守るため我が子を毒殺した母親

〈弘前城データ〉
築城主:津軽為信、津軽信枚
築城年:1611年
所在地:青森県弘前市大字下白金町
アクセス:JR奥羽本線弘前駅下車

家康の養女が選んだ悲痛な運命


 弘前城は東北で唯一天守を残す城として重要文化財に指定されている名城だ。津軽為信が1604年に築城にかかったが志半ばで他界し、その意志は息子の信牧が継ぐことに。

 その信牧の妻となったのが家康の養女の満天姫だった。彼女には11歳のときに尾張清州城主の福島正則の養子・正之に嫁いだ過去があった。しかし、その結婚は失敗に終わる。父子の争いの末に夫・正之を殺されたのだ。その後は、24歳のときに津軽に嫁ぐ。しかし、その後、満天姫は子宝に恵まれず、信牧の前妻の子、信義を引き取り養育する。前妻とは家康を憎み、関ヶ原の戦いで敗れた石田三成の娘だった。

 一方で前夫正之の忘れ形見の息子は運命のいたずらか津軽家家老の婿養子となり、岩見直秀を名乗っていた。後に直秀は自分の出自を知り、福島家の再興を企てる。しかし、津軽家を存続させることが自分の使命だと満天姫は決心し、江戸に立とうとしていた直秀を本丸御殿で毒を盛って殺してしまう。弘前城はそんな母子の悲劇の舞台でもあった。

悲劇のヒロイン〈満天姫〉

津軽家を守った家康の養女


 津軽家菩提寺の長勝寺には満天姫の霊屋(おたまや)がある。中央には無縫塔があり、周囲の壁は板卒塔婆で埋めつくされている。天井では竜の絵が津軽家を守ってきた女主人に仕えるように頭上から睨んでいる。


弘前城はまず周囲の城下町から建設を始めるというユニークな方法で運営された。


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