コックピット内は、いわば密室。ほとんどの時間は、機長とコ・パイ(副機長)、あるいはフライトエンジニアが加わった2〜3人だけの世界である。
だから他人に聞かれては困るようなナイショ話も、ときにはおおっぴらに交わされたりもしているようだ。
機長のI氏とコ・パイのJ氏が操縦する飛行機は、太平洋上空をフライト中。安定飛行に入り、コックピット内はくつろいだ雰囲気になっていた。ともに社内の女性たちと多くの浮き名を流している超プレイボーイの彼ら。話題はそれぞれの活躍ぶりに至った。
「おまえ、この間、U子とデートしたっていってたのに、今度はK子とステイ先で遊んでただろう。クルーの間で評判だぞ」
「機長こそ、この前の夜、新人とどこに行ってたんですか?」
「あれはちょっと、イタリア料理のおいしい店を案内してあげただけだよ。オレの本命はSだからな」
といった具合。
しばらくそんな会話をつづけていた2人だが、ふとI氏、思いついたようにひと言。
「今ここで、機体にトラブルがあったら、やばいよなあ。さっきまでの話、全部ボイスレコーダーに残っちゃうよ」
ボイスレコーダー。そう、飛行機事故があったとき、必ず話題に上るアレである。
飛行機は滑走路を走り始めると同時に、ボイスレコーダーのスイッチが入り、コックピット内の会話を録音する仕組みになっているのだ。
それではI氏とJ氏の会話がすべて残されているかといえば、そうではない。ボイスレコーダーは30分のエンドレステープ。だから常に最新の30分の会話のみしか残されない。
しかも、事故がなければ、テープはそのまま次のフライトに使われるので、彼らのこうした私的な会話が公にされる心配はほとんどないのだが……。
それでも万が一の場合に備えて、J氏は笑いながらいった。
「機長、あと30分ちょっとでランディングアプローチ(着陸進入)に入ります。これからは女性の実名入りの会話、しないでくださいよ」
パイロットに命を預けている乗客としては、ほんのちょっぴり(?)不安になるコックピット風景である。