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生き方・教養
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はじめに──「なぜか話がうまく伝わらない」と思っている人へ

『できる説得』
[著]多湖輝 [発行]ゴマブックス


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「説得力」などと言うと、ご自分とは縁の薄い話だと思っておられる方も多いのではないでしょうか。

 ところが、人間、日常生活の中でじつに多くの説得場面に直面しているものです。

 たとえば、子どもに注意するとき、夫婦の間で、ちょっとした意思のすれ違いが起こってしまったとき、約束に応えることができない事情が生じたとき……etc。

 説得、説得力などと大げさに考えなくても、ふだんから何げなく説得に近いことをやっているではありませんか。

 それらが説得力という言葉と結びつかないのは、通常大した問題もなく無事に解決されてしまっているからでしょう。

 しかし、これが仕事での話となると、そうはいかなくなってきます。

 会社の企画会議で、取引先との商談で、一生懸命に話しているにもかかわらず、どうも相手からの反応が鈍く、望んだ結果に結びつかない。

 こんな悩みを持っている人は、多いのではないでしょうか。

 逆に、けっして口達者ではない、とつとつとして語られる言葉を聞くうちに、知らぬまにその人の世界に引き込まれ、その主張や訴えに心を動かされてしまう。

 そんな経験もたくさんあって、その違いに驚かされることもしばしばです。

 この違いはどこから来るのでしょう。

 ひとことで言えば、その人の言うことなすことに「説得力」があるかないかでこの違いが出てくるのです。

 何事においても、結局はその発言や作品に「説得力」があるかないかで、それらを受け止める人々の感動や評価に差が出てくると言っていいでしょう。

 その範囲は、じつに多岐にわたります。

 身近なところで言えば、今あげた企画会議での発言や、企画書の内容、取引先やお客相手のセールスは、もちろんのことです。

 また、人間関係における上司や親や異性の説得から、もっと広く卒業論文や学術論文、文学作品や映画・演劇、はては音楽・美術などの芸術作品にいたるまで、やはり受け入れるかどうかを分けるのは、説得力の有無です。

 したがって、「説得力」とは、けっして小手先の技術であやつれるような底の浅いものではありません。自己表現のもっとも本質的な部分と結びついていると言っていいでしょう。

 たとえば私は、どんなに多くの情報をえたり、多くの人の話を聞いたりしたとしても、それが自分の中で消化・吸収され、自分の言葉で語れないかぎり、「説得力」は出てこないと思っています。

 言い換えれば、私がその情報に心から納得し、「ああ、こういうことだったのだ」と自分なりの理解や解釈で得心しないかぎり、そのことを人に伝えたとしても「説得力」は出てこないのです。

 つまり、「説得力」とは、まず自分が説得されるところからはじまると言ってもいいでしょう。

 自分が自分に説得され、「そうだ。これだ。これを伝えたい」という信念や情熱をもったとき、言葉の上手下手を通り越した「説得力」が出てくるのです。

 その意味では、「説得力」とは「自分らしさ」でもあるでしょう。その人なりのアイデンティティをもった話や行動には「説得力」があります。

 一見、人を食ったり、人を煙に巻くような発言も、その人なりの生き方や信念が反映していればこそ、人は「食われ」たり「煙に巻かれ」てしまうのです。

 名宰相(さいしょう)・吉田茂が、長寿と健康の秘訣を聞かれて、「それは人を食って生きてきたからねー」と答えた話は有名です。

 また、戦前、戦後を通じて保守政界を牛耳っていた政治家、三木武吉の、こんなエピソードもよく知られています。

 三木は貧しい女性を救う意味もあって、正妻のほかにも何人もの女性を囲っていました。

 その彼が、あるとき新聞記者から、「公職にある身で(めかけ)を三人も囲っているのは、けしからん」と追及され、何食わぬ顔で、こう言ったのです。
「まず訂正させていただくが、私が囲っている妾は三人ではなく五人である。報道は正確にお願いしたい」。

 矛先をかわされた新聞記者はとたんに気勢をそがれ、あえなく退散、となりました。

 こんな大物の境地にはなかなかなれないとしても、伝えたいことを自分なりによく咀嚼(そしゃく)し、借り物でない自分の言葉で語るということは、「説得力」の第一歩です。

 格好いい言葉やよどみない語り口でなくてもいいのです。

 たとえ、とつとつとであっても、自分の本当に伝えたいことをしっかりとつかんで、心からの自分の言葉で伝えるところにこそ、「説得力」は生まれてくるのだと思います。

 そして、もし説得力をつけるために何らかの「術」があるとしたら、それは、自分のいいたいことを、より明確に、相手に心の届くように伝えるための「心配り」を、いかにするかということに尽きるでしょう。

 どうも自分の話には「説得力」がない、熱意が伝わらないと悩んでいる人の多くは、じつは、この点でたいへん損をしているのではないでしょうか。

 その意味でなら、「説得力」をつけるためにできることは、たくさんあります。

 たとえば、相手と向き合うときの自分の気持ちのもって行き方によって、話として表に現れるものも異なってきます。

 人と話すのが苦手という人は、相手を前にしても気後れしないコツを覚えることが、話に説得力を持たせるための第一歩になることでしょう。

 また、ささいなことのようですが、言葉の使い方、身のこなし方もあなどれません。

 話の内容以前に、自分そのものに対して相手が抱く印象は、かならずといっていいほど、話の受け止め方に影響するからです。話がうまく伝わらないのは、ひょっとしたら、ささいな言葉や振る舞いを誤りがちだからかもしれません。

 あるいは、相手のさまざまな感情や立場、事情などを的確に感じ取り、(おもんばか)ることも必要です。

 一方的に話しているだけでは独善的な印象を与えるだけで、相手に響くように伝えることなど、絶対にできません。

 松下電器の創業者、松下幸之助氏は、その点でもたいへん優れた経営者と言えるでしょう。

 ふだんから厳しく、細かいことでも部下を容赦なく叱り飛ばすことで恐れられていた松下氏ですが、部下が不注意から火事を起こし、工場を焼いてしまったときは、なぜかまったく叱りませんでした。

 それどころか、「人間なのだから、どんなに気をつけていても失敗はあるものさ。それより、今後この工場を立て直すにはどうしたらいいか、考えてくれたまえ」と部下を慰め、励ましたのです。

 てっきり松下氏に殴り飛ばされると思い、よもや首かと覚悟を決めていた部下は「なぜ叱らないのですか」と尋ねました。

 すると、松下氏は、こういったのです。
「大きな失敗をしたときは、誰に言われなくても落ち込み、反省しているものだ。そういうときは叱る必要などない。僕が小さいことで部下を厳しく叱るのは、本人がそのことに無自覚だからだ」。

 松下氏には、他にもたくさんこういう例がありますが、相手を慮ってこそかもし出される説得力の好例だと思います。
説得は、コミュニケーションです。

 もちろん、相手を説得するには、誰よりもまず自分が話の内容に納得していなければなりませんが、その限りにおいて、言いたいことがうまく伝われば、かならず説得力をもって相手を納得させることができます。

 本書でご紹介していくのは、気の持ち方から相手の反応の見方にいたるまで、相手の心に確実に届くように話をするための、ちょっとしたテクニックです。

 自分を見つめ、相手を見つめ、心を配ることで、みなさんの熱意が相手の心に届くようになること、それとともに、人間関係がいっそうスムーズになることを、願って止みません。

 

 

 二〇〇六年五月

 多湖 輝
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