『アジア 反日と親日の正体』
[著]酒井亨
[発行]イースト・プレス
アジア経済・ビジネスを語る場合、「華人」と呼ばれる「中国系住民」を避けて通ることはできない。日本では「中国系」「中華系」「華僑」などと呼ばれることが多い。しかし当人たちは「華人(ホアレン)」、さらに若い世代については「華裔(ホアイー)」という言い方をする。
本来の定義では、「華僑」が「中国籍を持っている海外住民」のことを指すのに対して「華人」というは「それぞれの居住国の国籍を持つ漢民族系住民」を指す。
また華人について「父祖の地の中国と関係が深い」かのような見方をする人が多い。特に、東南アジアの土着民族から見れば後からやってきた移民の華人が「中国の手先」のように見えるし、そうやって批判したり迫害したりすることもある。
だが、今の東南アジア諸国において華人はあくまでも現地国民であって、中国在外国民ではない。国家としての忠誠の対象は中国ではなくて、居住国にある。南シナ海の領土紛争についても華人が中国の肩を持つことはなく、居住国の立場を支持するのが普通である。さらに若い世代ともなると、むしろ中国や中国人が嫌いで、中国人と同一視されたくないという意識が強くなっている。そうなると起源がどうであれ、もはや「中国系」だの「華僑」だのと呼ぶべきではない。
だから、われわれもちゃんと「華人」と呼び、中国とは切り離して考えるべきである。
もっとも華人とは何か、その範囲や人口は、実ははっきりしない。というのも、まさに「居住国国民」になっており、居住国が「民族別」の人口統計を取っていないためだ。だから研究者の推計によるしかないし、それが人によってまちまちだ。次の表は、シンガポール在住のインドネシア華人の研究者レオ・スリャディナタによる一九九〇年現在の推定数字である。
また、一口に「華人」といっても、個人、地域、世代によって様々で、十把一絡げに論じられるものではない。まして「華人ネットワーク」なるものが存在するなどというのは、一種のフィクションの世界である。
たとえば、華人人口比率が低いインドネシアやタイやフィリピンの場合は、三〇代以下は、華語はおろか、それぞれの父祖の出身地の地方語も話せず、現地の公用語・国語しか知らないほうが多い。
一方、華人の人口比が比較的高いマレーシアだと中高年は地方語と、まれに華語ができるが、若い世代は華語と英語になっている。ただしそれも人や地域によって異なり、若い華人で華語しかできないもの、華語と英語ができてもマレー語が苦手なもの(これが一番多いと思われる)、華語と地方語、英語、マレー語のいずれもできるもの、華語と地方語が苦手で、英語とマレー語ができるものなど、様々だ。たとえば、華人が多いペナンでは福建語が主体で、マラッカは本来福建語だったが、現在は華語が主体だ。
シンガポールでは三〇代以下は華語と英語、もしくは華語だけ、あるいは英語だけで、中高年は英語や華語ができないことはないが、福建語を常用する人が多い。
またマレーシアとシンガポールの両方について言えることだが、華語や地方語が話せても、華語の文章が読めたり作文ができたりするわけではない。文章、特にメールのやり取りとなると英語が主流となる。
加えて、福建語など地方語を常用する中高年であっても、福建語で話せるのは日常生活の話題に限られる。込み入った話や学術的な話は最初からできないか、華語か英語か現地公用語を使うことになる。