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田中角栄 権力の源泉
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政治・社会
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キングメーカー角栄

『田中角栄 権力の源泉』
[著]大下英治 [発行]イースト・プレス


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 昭和五三年九月二三日の秋分の日、田中は、大平正芳と信濃町の池田勇人邸で差しで会うことになった。翌二四日は、新聞休刊日である。そのため、各新聞社とも記者たちは休みで、政治家はノーマークになる。田中は、それを見越していた。


 池田邸の仏壇の置いてある部屋で、二人は相対した。田中は、たがいに尊敬する池田の霊前なら大平も嘘はつけまいと踏んだ。そのために池田邸を選んだ。


 田中は、その池田の霊前で鋭い視線を大平に送ると、切り出した。

「なあ、大平君、きみは本気で福田と戦う気があるのか。それを、この耳ではっきり聞いておかないと、おれも動きのとりようがないんだ。どうなんだ。本気でやるのか」


 大平の答えは、一も二もなかった。糸のように細い眼で、田中を見据えて言い切った。

「おれは、絶対に降りないよ。本気でやる」


 池田の霊前である。大平も、嘘偽りなく、本心をさらけだした。というより池田の霊前でおのれの決意が不動であることを誓ったのである。


 田中は、吹っ切れた。

「よし、わかった。それじゃ、田中派は、全面的に大平政権実現のためにバックアップする」


 この日から、福田打倒、大平擁立の「大角連合」の戦いが本格的にはじまった。


 田中は、必死であった。

〈おれが全国に培った人脈をフル動員し、大平を総裁にしてみせる。田中派の力をあらためて見せつけ、『キングメーカー』としてのおれの存在を、印象づけてみせる〉


 自民党史上初の総裁予備選を約二カ月後にひかえた一〇月上旬、岸信介元総理が政界引退のあいさつまわりという名目で、目白の田中邸の門を初めてくぐった。


 が、岸信介の真意は、みずから後見人を持って任じる福田の延命工作にあった。


 大平との盟友関係にあり、大平を支援している田中に、直談判した。

「大平君の支持があったからこそ、福田もなんとかやってこられたのは、たしかだ。福田のあとは、大平君しかいない。中曽根(康弘)なんか、論外だ。福田も、適当な時期がきたら、大平君にバトンタッチしようと考えている。ただ、来年夏の東京サミットまでは、福田にやらせてほしい。よろしく頼む」


 田中は、政界の長老・岸の頼みとして、いちおうは考慮に入れることを約束した。


 が、心の底では政権委譲の約束など信じてはいなかった。

〈政権の約束ほど、あてにならぬものはない。第一、あなたが裏切りの張本人ではないか〉


 岸は、「六〇年安保」と言われた昭和三五年の日米安全保障条約改定の際、帝国ホテル「光琳の間」で、安保を乗り切るために協力を仰ぎ、大野伴睦に後継を禅譲する、という念書を与えた。それでいて、安保の嵐が過ぎると大野に政権を渡さず、池田勇人に渡してしまった。


 一一月一日、総裁選が告示された。翌年六月の東京サミットまではなんとしても総理をつづけたい福田、それを阻む大平、さらに中曽根康弘、河本敏夫の四人が名乗りをあげた。


 そのことにより、ついに自民党史上初の総裁予備選に突入した。有権者は、党員一三二万八六九三人、党友一六万七六四六人、国民政治協会個人会員二九二三人の合計一四九万九二六二人であった。有権者一〇〇〇人あたりを一点として換算し、端数切り上げによる各県持ち点の総計が、一五二五点とされた。


 田中は、頭を悩ませていた。

「このままでは、大平は勝てない。どうにか、いい手はないだろうか」


 大平は、東京に票を持っていないことが大きく響いていた。支援する田中派もまた、東京出身の国会議員が少ない。


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