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キャバクラ嬢行政書士の事件簿1
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第1話 調子に乗った若手お笑い芸人と憤怒の嬢王〜慰謝料請求の話〜

『キャバクラ嬢行政書士の事件簿1』
[著]杉沢志乃 [発行]ゴマブックス


読了目安時間:39分
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第1話 調子に乗った若手お笑い芸人と憤怒の嬢王~慰謝料請求の話~




 男にしっかと片手を握られて、サキは「なんだかなあ」な顔をしていた。

 月に二回くらい指名してくる客で、たぶんサキより年上の彼は、キャバクラに来ているというのに毎回ほとんど話をしない。

 なにが楽しいのかわからないが、たまにこういう人もいる。

 だから、サキも会話を放棄して、お手々つないできらびやかな店内でじいーっとしているわけだが、しかしどうしても手持ちぶさた感は否めない。
「今日、さ」

 突然、男が小声で話し出した。

 不意をつかれてサキは、
「え、うんうん」と間の抜けた返事をした。
「今日、家に帰ったら、ケロタンが死んじゃって」
「え、ケロタン、死んじゃったの?」

 分厚い髪に覆われた頭を、こっくりと彼は動かした。
「えー、あんなにかわいがってたのに。かわいそうだったね」

 ケロタンとは、この男が飼っているカエルの名前だ。

 ベルツノガエルという種類で、二万円したと言っていた。

 ネットで調べてみたら、体の半分が口のような愛矯たっぷりの画像が出てきて、カエルの苦手なサキは「だあっ」と言葉にならない悲鳴をあげ、すぐにクローズした。

 ふと気づくと、ポトポトと水漏れのように、自分の手の甲に彼の涙がこぼれ落ちている。

 ケロタンちゃん。

 安直な名前に改めて笑いそうになりながら、サキは、両手を重ねて温かく握り返した、と見せかけて手を裏返し、涙が男の手の方にかかるようにした。
「もう、なにしても動かないんだよね。豚肉もっていっても食べないし」
「うんうん、かわいそうだったね」

 サキが“カエルマニアン”と勝手に命名している彼は、それっきりフリーズしてしまった。

 仕方なく片手を握らせたまま、サキは店内観察に没頭し始めた

 いつもだいたい混んでいるのだが、平日の遅い時間で空いた席が目立つ。

 テーブル二つおいた左側の席が、やけににぎやかだ。

 客は男三人。

 ついてるホステスは、この二カ月ナンバー1のさやかとヘルプの女の子一人で、相手に合わせテンションを高めに設定しているようだ。客の男二人の顔に見覚えがある─サキは小さな額に人差し指を当てて記憶をたどってみたが、店で会ったわけではなさそうだ。
「知ってるやろー! ほら、ないないない、ってやつ!」
「関ちゃん、知らんて普通。一般人はそんなもんやって」
「ネタ聞きゃわかるよな。お前、言ってやって」
「え、やだよ、なんでギロッポンのクラブでそんなことしないとアカンねん」
「ギロッポン言うなよな。六本木。業界人ぶって、恥ずかしいなあ」

 ─やっと思い出した。深夜のお笑い番組で見たことがある。最近よく顔を出すようになった若手お笑い芸人の二人だ。名前はなんだったっけ─

 カエルマニアンに手をにぎにぎされながらサキが考え込んでいると、突然一人がすっとんきょうな芸人口調でしゃべり出した。
「あるねーあるあるあるある! この前、宇多田ヒカルがキャシャーンと歩いてた。高倉健に会ったら小指つめてた。はい、あるあるあるある、そりゃあるやろう、当たり前っ!」

 さやかとヘルプの子は、「ないないない、ありえないって」などと笑いながら、ぶんぶん首を横に振っている。

 ─おもしろくない、そしてはしゃぎすぎ─

 サキははっきり思い出した。
「ないないネタ」とかいって、最近急にテレビで見るようになった。

 ─名前は確か、スイカナンデスとかカオスモロモロとか? やっぱり思い出せない─

 そのコンビと、たぶんあとの一人は、年齢からして局のAD、たぶんチーフADといったところだろう。

 それにしても、コンビの一人の態度がかなり悪い。

 あのナンバー1のさやかの肩を抱き、店の方針でストッキングなしの“生足”を、「モミング、モミング」などと言いながら大胆に触って悪のりしている。

 ─さやかさん、うまくやってるなあ。私なんて、手握られてるだけだから楽なもんだけど。それにしてもなかなかコールが来ないな。ほかの席に行きたいよ─

 人のことをじっと見ているわけにもいかず、サキは店内や指名の男に視線を泳がせながら黙って座っていた。

 時間が長く感じる。

 目をお笑いコンビに戻してみると、男のボルテージはさらに上がっているようだ。
「あんた髪長いなー、セットすんの大変やろ」
「うん、もう髪洗うだけで大変。乾かすのに何時間もかかるんですよ。自然乾燥で」
「そやろー? そらそや。もっと短い方がいいで」と言いながら、男はポーチをがさごそして、ハサミを取り出した。

 ─ん? なにあんなの持ち歩いてんの─

 そう思った瞬間、男は、水割りをつくっていたさやかの髪を後ろから一抱えつかんで、ざっくりと切り落としてしまった。

 見ていたサキは思わず小さな悲鳴をあげ、少し前(かが)みに立ち上がりかけた。

 全身に鳥肌が立った。

 当のさやかは振り向いて、「なにしてるの?」とニヤニヤしている男に怪訝そうな顔で言ったが、きれいにウェーブされた二十センチほどの黒髪の束が、ソファの上にうねうね落ちているのを見つけると悲鳴をあげ、声をひっくり返して叫んだ。
「なにしてるの! なに、なによ、サクッて! なんか音したと思ったら、サクッてあなた、なんでハサミよ!」

 ─さやかさん、パニクってる。ツッコミどころ違う─
「なに笑ってんの! こんなことしたら、ダメなんですよ?」

 ─さやかさん、パニクってる。怒りと接客がごっちゃになってる─

 ほどなくボーイがやってきて、なにやら話し出した。
「なに言ってんねん、こっちのほうがずっときれいやろ? 俺はいいことをしてやったんやで。“オスローモスロー”関山の美的感覚は確かなんや。それで髪そろえてみ、あんた指名どっかんどっかんや!」笑いながら大声をあげている。

 コンビのもう一人とチーフADらしき男は少し青くなって、暴走した仲間を抑えにかかった。

 さやかは顔を手で覆って席を立ち、風のように走り去ってしまった。

 男二人が立ち上がり、「この関やんはな!」などと大声をあげている「関やん」を抱え、フロアから出て行った。

 ボーイが呼び止めようとしたが、かまわず通り抜けていく。

 キャッシャーのところまで行って、ボーイはフロアに戻り店長を呼んできたが、しばらくすると二人とも脱力した風に帰ってきた。

 どうなったんだろう。

 店中の人が目を向けていた。
『関やん、ヤバいぞ。あのさやかさん自慢の髪を切り落とすなんて、神さまだって怖くてしたことないのに』



 深夜の二時を過ぎて、すっかり客がはけた。

 サキは更衣室でホステス仲間とひそひそ話をしていたが、さやかの声は更衣室入口のカーテンを軽々と突き通して伝わってきた。
「こんなのひどいでしょ! 見てください、こんな短くなっちゃって、全然似合わない。こんなの許せません!」
「そうだよなあ。俺もさ、うちの大事な娘にこんなことされてただじゃおかんって追っかけたんだけどな、札放り投げて逃げちゃってたんだよ。大丈夫、あんなの身元バレバレなんだから。事務所に厳重抗議してやる」
「でも、それでどうなるんです? 髪が元に戻るんですか? 戻るのに一年くらいかかりますよ、その間どうするんですか!」
「大丈夫だって、さやかちゃんなら問題ないよ。お客しっかりつかんでるしさ、話のネタにすりゃいいじゃん。
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