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「日本ダメ論」のウソ
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経済・金融
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ラジオから発生したルワンダの大虐殺

『「日本ダメ論」のウソ』
[著]上念司 [発行]イースト・プレス


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 いまのようにインターネットが発達する前の時代は、人々が多くの情報を新聞やテレビなどのメディアから得ていました。

 それらの情報が正しいかどうかを検証する手段も限られていて、グーグルにキーワードを入れさえすれば、反対意見を含めた複数の意見が検索できるような便利な時代ではありませんでした。

 マスコミが権力と結託すると、国民は目と耳をふさがれて、偏った情報にしかアクセスできなくなります。

 だから、前章でお話しした旧ソ連という国では、報道機関もすべて国に独占されており、権力者に都合のいい情報ばかり流していました。いまでも北朝鮮の朝鮮中央放送は国営メディアとして国の方針を国民に伝える役割を果たしています。

 ここまで極端ではないにしても、メディアの多様性がない世の中において偏見や差別を助長するような情報を繰り返し流し続けると、人々は判断を誤り、時としてトンデモない残虐な行為に加担したりします。

 1994年に発生したルワンダ大虐殺は、国民の10人に1人、少なくとも死者80万人と言われる大量虐殺事件でした。

 この事件の直接のきっかけは、4月6日に発生したルワンダ大統領のジュベナール・ハビャリマナ氏の暗殺です。

 ルワンダでは旧宗主国のドイツとベルギーによって、さしたる生物学的な根拠もなしにツチ族とフツ族に分けられて、お互いに対立し合うような民族分断政策が行われていました。1961年の王政廃止までの間はツチ族が支配的な地位にいましたが、独立と同時に、今度はフツ族を中心とした政権が成立したのです。

 これを契機として、迫害を恐れたツチ族が難民となって周辺諸国に逃げ出します。ルワンダ愛国戦線というツチ族のゲリラ組織は、この難民たちを中心に結成されます。

 1994年の大虐殺の前にも、このような民族対立を背景とした虐殺事件は何度か起こっていました。しかし、1994年の大虐殺は、それとは比べものにならない大規模なものです。その際、雑誌やラジオが果たした役割はきわめて大きなものでした。とくにラジオは、識字率が50%と言われるルワンダにおいて決定的な役割を果たします。

 流行りの音楽やトーク番組などを放送する普通のラジオ局が、番組の合間にツチ族に対する「ヘイトスピーチ」(人種等に起因する憎悪や嫌悪の表現)を繰り返し放送しました。彼らはツチ族を「ゴキブリ」と呼び、「放置すれば危険だ」とか、「やられる前にやれ」などと繰り返し煽動(せんどう)したのです。
「王政時代にツチ族によって苦しめられた」とか、「白人による植民地支配に加担したゴキブリどもを許すな」といったウソを何度も聴かされると、「ウソも100回言えば真実になる」の法則で、みんなが信じてしまうのです。とくに情報リテラシーの低かったルワンダの国民にとって、このラジオの影響力は侮れないものがありました。

 実は、この大量虐殺は何年も前から計画されていたそうです。

 独立後、ツチ族への人権弾圧に対して国際的非難が集中し、ついにその圧力に抗し切れなくなったハビャリマナ大統領は、虐殺の前の年の1993年に一党独裁を終わらせる和平協定に調印しました。しかし、このことに不満を持ったフツ族の過激派が大虐殺によって民族浄化を図ろうとしたのでした。

 過激派たちは民兵の募集や武器の調達、「フツの十戒」といった差別的な思想パンフレットの配布を組織的に行いました。虐殺当時、民兵の登録者数は3万人に達していたそうです。虐殺のきっかけになったハビャリマナ大統領の暗殺も、この過激派によるものではないかと疑われています。

 ラジオ放送によるツチ族に対する悪い印象操作も、こうした過激派が巧妙にしくんだ罠でした。

 そのころのルワンダのラジオ局のスタッフにジャーナリストとしての職業倫理がなかったと言えばそれまでです。しかし、メディアは、こうした政治勢力と結託することによって実に恐ろしいマイナスのパワーを発揮するのです。

 ハビャリマナ大統領暗殺の直後、ラジオから「高い木を切れ」というメッセージが発せられ、これを合図に大虐殺が始まったのでした。

 その様子は映画『ホテル・ルワンダ』(2004年、イギリス、イタリア、南アフリカ)に克明に描かれています。虐殺が始まる何日も前からラジオで不気味なメッセージが繰り返し流れるシーンがとても印象的な名画です。関心のある方はぜひご覧ください。

 さて、この大虐殺について、「遠いアフリカの遅れた国で起こったことだから関係ない」と思っている人もいるかもしれません。

 しかし、時の権力者がマスコミを利用して国民を大変な災難に導いたことは歴史上、何度もありました。学校で勉強する近代史上の出来事は、むしろそっちがメインではないかと思えます。

 ナチス・ドイツが国民を戦争へと向かわせてユダヤ人大虐殺を行いましたが、国民がこのような残虐な行為を支持した背景には、メディアによる影響を考えざるをえません。

 1933年、ナチスの宣伝大臣のゲッベルスは、それまで新聞社が主催していた記者会見を政府主催に切り替えます。そして、自分たちの意向に沿った記事を書く限りは情報を提供するというスタンスを明らかにします。

 各新聞社はこぞって政府主催記者会見の席を取ろうと競争を始めました。このことによって、ナチスはドイツ国内の情報を意のままにコントロールできるようになり、ルワンダ顔負けのユダヤ人に対するヘイトスピーチが紙面を飾ることになります。

 メディアが時の権力者と結託すると、国民は意のままに操られ、時として信じられないような誤った決断をすることがあります。だから、メディアが権力者にすり寄ったり、権力者がメディアをコントロールしたりすることがないように、制度的な対策をしっかりする必要があるのです。

 なぜなら、ルワンダやナチスのような残虐行為に国民を加担させる場合、権力者が単独でそれを実行するのは難しく、もちろんメディアが単独でそんなことができるはずがないからです。だから、メディアが真の意味で権力から独立していることが重要なのです。
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