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たった2日であなたを神に目覚めさせてみせる
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生き方・教養
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第五章 すべての行為は自分を知る働きである

『たった2日であなたを神に目覚めさせてみせる』
[著]佐藤康行 [発行]ゴマブックス


読了目安時間:25分
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心という土壌を掘り起こして黄金の真我にたどりつく



 もともと真我は誰の中にも在る。それも心の一番深い次元に在るとお伝えした。では、どのようにしたらその真我にたどりつき、体感することができるのだろうか。


 まず知るべきことは、真我にたどりつこうとしたら、心を静かにしているだけでは不可能ということだ。地下深くに黄金が埋蔵されているとしたら、地上からその黄金を見ることは永遠にできない。心をただ平静にしているだけでは、表面の土しか見えない。まずはその土を掘り起こしていかないと、いつまで経っても黄金は見つからないのである。真我にたどりつこうとするなら、心を奥深くまで掘り進まなければならないのである。



 (もの)(ごころ)がつくまでの幼児は、土そのものがあまり堆積していないから、真我に非常に近いともいえる。しかし、土が風に乗って運ばれてくるように、時間とともに経験という業が真我の上に覆いかぶさってしまう。そのため、大人になればなるほど、真我の意識から遠ざかってしまうのである。



 心を完璧に透明にすることができたら、心を掘らなくてもその奥にある真我を見出すことはできる。しかし、現代人にとってそれは現実的ではない。なぜならば、現代人のほとんどが、透明にすることが不可能なほど心が澱んでしまっているからだ。また一点の澱みもなくするような機会にも恵まれていない。だから、現代の私たちが、心をいくら平静にしようとしても、まず真我にたどりつくことは考えづらいのである。実際に多くの人たちを見ていると、それをつくづく感じる。やはり、どうしても心を掘り進むという作業が必要不可欠なのである。



 地中深く掘り進むためには、掘った土を外に捨てなければならない。土を掘り起こして捨ててこそ、初めて真我にまでたどりつくのである。土を捨てるということは、その土が汚いほど早く掘りやすい。つまり、自分の中に醜い心や辛い心を持っている人は、汚いものと同じく早く外にそれを捨ててしまいたいという衝動に駆られる。ところが、途中で綺麗なものが出てきたら、それがもったいなく感じてしまい、掘り起こして捨てることをためらってしまうのだ。



 親鸞上人が「善人尚もて往生をとぐ、いわんや悪人をや」と言ったように、自分の中に良いと思われる心が出てくると、そのことに愛着を感じるために、そこから奥深くに掘っていけなくなる可能性がある。すると、真我にはたどりつきづらくなってしまう。



 しかし、自分の父や母の良いところが出てきたときは別である。なぜならば、その父や母の素晴らしい心と比べて、自分の心が汚く見えるからだ。親に対する感謝の気持ちが足りなかったと、申し訳ない気持ちが出てくるのだ。すると、その醜い自分の心を捨てようとしてさらに掘り進めて行けるから、そのぶん早く真我に近づけるのである。



 親に対する深い感謝の気持ちが湧いてきたときには、「お父さん、お母さんありがとうございます」という言葉と同時に、「ごめんなさい」という言葉が自然と出てくる。それは、自分のいたらなさに気づき、申し訳ないという気持ちが出てくるからである。

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