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裏から読むと面白い! 大人の世界史
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歴史
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ジョン・F・ケネディとマリリン・モンローの「接点」をめぐる謎

『裏から読むと面白い! 大人の世界史』
[編]歴史の謎研究会 [発行]青春出版社


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「マリリン・モンロー服毒自殺!」

 その衝撃が世界中を駆け巡ったのは、1962年の8月。ジョン・F・ケネディが米大統領に就任した翌年の夏だった。

 モンローの異変に家政婦が気づいたのは8月5日の深夜。発見時、モンローは全裸で自宅ベッドに横たわり、冷たくなった手には受話器が握られていた。警察は「死因は睡眠薬による服毒自殺」と公式発表したが、直後から、「実は謀殺ではないか」、「いや、事故だろう」と、自殺説を覆すさまざまな臆測が飛び交った。

 確かに、モンローの死には不自然な点が多かった。受話器を握っていたものの、電話局で調べたところ通話記録がなかった。ケネディ大統領との会話を記していた日記帳が消えていた……。こうした状況から、何者かによる記録の改ざん、情報の隠蔽があった可能性が指摘された。そして、謀殺を指示した人物として名前が挙がったのが、親密な関係にあったとされるケネディ大統領とその弟ロバートだった。

 ならば、謀殺の目的は女優とのスキャンダルの隠蔽?

 スキャンダルの原点に立ち戻ってみると、二人が最初に出会ったのはケネディが大統領選で奔走している最中で、交際が始まったのは就任後の1961年の中頃。

 ケネディ大統領と弟ロバートにモンローを紹介したのは、俳優のピーター・ローフォードと歌手のフランク・シナトラだといわれる。ローフォードはケネディの妹パトリシアの夫だったため、その芸能人ネットワークの中でケネディ兄弟とモンローは知り合い、関係を深めたということになる。

 モンローがケネディ兄弟とどのような関係にあったかは諸説あるが、かなり親密だったという説は根強い。62年5月19日のケネディ大統領の誕生パーティーでは、モンローが撮影をすっぽかして参加し、大ヒンシュクを買っている。

 大統領と大女優が深い仲だという噂は、やがてケネディの政敵の耳にも届き、対立する共和党や、タカ派でケネディと不仲だったFBI長官のフーバーが、このスキャンダルを利用しようとした。その不穏な動きを察知したケネディが、スキャンダル隠蔽のためにモンローを消してしまったというのが、よく語られる謀殺のストーリーだ。

 ただし、スキャンダルは保守派によるでっちあげという説もあれば、タカ派サイドの情報操作にマスコミがのっただけ、という説もある。

 一方で、ケネディは精神的に不安定になっていたモンローを持て余し、弟を介して突然手を切っていたともいわれる。モンローにしてみれば最悪の事態。大女優というプレッシャー、作家アーサー・ミラーとの三度目の離婚、そこにきて、大好きなケネディからそでにされたとしたら? 人生の重さに耐え切れず、やけになってドラッグを多用したとしても不思議はない。

 死の前日には、ケネディとモンローが会っていたという話もあり、スキャンダルの裏側を知れば知るほど、謎は深まるばかり。

 ケネディ大統領が凶弾に倒れたのは、モンローの死の翌年。二人の死の謎は今も解明されていない。

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