成功のタネはどこにあるのか。多くの人が金のなる木を探している。実際に経済的成功を成し遂げた人は、運よく、あるいは自らの努力によって金のなる木を探し当てたわけだが、話を聞いてみると少なからぬ成功者が「成功のタネは子供時代にあった」と述べている。それはどういうことだろうか。
「おそらく子供の頃に描く夢や希望は、自分の思いを純粋な形で表現しているからでしょう」
そう言うのは、数多くのベンチャー企業を支援してきたベンチャーキャピタルの経営者E氏だ。
「自分の行く道を模索しているとき、子供の頃の夢を思い出してみると、心の奥底に眠っている、自分が本当にやりたかったことが見えてくることがあります。それが成功のタネになるのは不思議なことではありません。成功するには、持続する情熱が必要不可欠ですからね」
なるほど。自分が情熱を傾けられるものは、子供の頃の夢の中にあるのか。子供の頃には、いったい何になりたかったのだろう?
「子供の頃の夢が直接成功のタネにならなくても、子供の頃の記憶が成功を手助けするヒントを与えてくれるのもよくあることです。ときには大ピンチを救ってくれることもあるんですよ」
そう言ってE氏が語ってくれたのは、遠い異国ハンガリーで成功を収めたある日本人の話だった。
H氏は、ヒナの雌雄を見分ける初生雛鑑別師。昭和二〇年代、国をあげて養鶏事業に取り組んでいたハンガリーに渡り、ハンガリー人の年収の一〇〇倍という破格の待遇で迎えられた。なにしろ、ヒナの性差は非常に小さく、小さな生殖突起を見て雄雌を見分けることができる鑑別師は貴重な存在だったからだ。
特殊な技能をもとに海外で稼ぐ日本人――ここまでは見事な成功物語である。ところが、大きな落とし穴が待ち受けていたのである。それは友人が持ちかけてきた新規ビジネスが発端だった。
ウズラの卵の販売――当時、ハンガリーではウズラの卵を食べる習慣はなく、小さな卵はもの珍しさもあってウケるのではないかと思われた。H氏は話に乗り、さっそく飼育所を建設して三〇〇〇羽のウズラの飼育を始めた。
結果は、ものの見事に大惨敗であった。まったく売れなかったのである。話を持ちかけてきた友人も逃走。H氏は莫大な借金を背負うと同時に、三〇〇〇羽のウズラが毎日産み落とす卵の処理に頭を悩ませることとなった。
「放っておくと、売れないまま在庫が積み上がり、どんどん腐っていきますからね。Hさんは途方に暮れたようです。そのとき、あることを思い出しました。それがHさんを窮地から救ったのです」とE氏は言った。
追い込まれたH氏を救ったひとつの記憶。それは、高校時代に先生が口にした「腐りやすいものは燻製にしておくと保存がきく」というひとことだった。
ワラにもすがる思いでH氏は燻製のウズラ卵をつくった。そして、その燻製卵をレストランに持ち込んでみたのである。するとシェフはすぐに気に入り、納入が決まった。料理に使われた燻製のウズラ卵はお客の評判となり、やがて高級スーパーにも卸されるようになった。こうして、あっという間にハンガリー全土で知られる食材となって、近隣諸国でも販売される大ヒット商品となったのである。
「まさしく、子供の頃の記憶が成功のきっかけになったと思いませんか。だから私も起業を志す人たちに、自分の欲望や願望を見つめ直すために子供時代をよく思い出せと言っているんですよ」とE氏。
そう言われて、必死に考えた。何かこの先ためになりそうな記憶はあるだろうか。ダメだ、何ひとつ思い出せない……。