読みたいトコだけ買える本。
犬耳書店
初めての方へ 記事一覧 無料登録 ログイン
0
-1
kiji
0
1
1050939
0
ケネディ家の呪い
2
0
0
0
0
0
0
歴史
お気に入りとは?

お気に入りボタンを押すとお気に入りリストにこのページが追加されます。興味のあるページ・気になったページを後から確認するのに便利です。

お気に入り お気に入り
「道場」としての社交界

『ケネディ家の呪い』
[著]越智道雄 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:6分
この記事が役に立った
0
| |
文字サイズ


 ケネディ政権のステイタス・ゲイム(SG)的側面は、社交界で鍛えぬいてきたジャックリーン夫人が引き受けた。

 ケネディ家の女性たちのSGは、一族のトップがPPの頂点で暗殺されて半世紀の今日、ジャックリーン・ブーヴィア・ケネディが発散した性的エロスも消え、一族の政治的遺産の管理人の機能に転じた。例えば、キャロラインは父の大統領図書館の館長、あるいは一九九九年に墜落死する前の実弟ジョンと思いついた「勇気の横顔賞」を授賞する役目など。

 後者は、JFKの著書に由来している。これはジョン・クインシー・アダムズ、ダニエル・ウェブスター、サム・ヒューストン、ロバート・A・タフト他、八名の上院議員の「勇気の横顔」を記した伝記作品で、ピュリッツア賞を受けた。JFKが「勇気」を語れる背景には、第二次大戦当時、彼が自分の指揮する魚雷艇を、日本の駆逐艦・天霧に切り裂かれて沈められ、海上に漂った後救助されるまでの体験が軸になっていた。

 キャロラインは識者を集めて、「勇気の横顔」の片鱗をその年世評に高かった人物たちから探し出し、授賞する。典型は、アメリカ政治をウォーター・ゲイト事件の翳から救出すべく、自身の再選を棒に振ってニクスン恩赦に踏み切ったジェラルド・フォード元大統領への授賞だった。フォードは「ニクスンと恩赦の取引をして大統領職を得た」との俗説ゆえに落選した。授賞は、歴史に汚名しか残せないでいた元大統領の救出であり、同時に大統領制自体の救出でもあった。つまりフォードは、ジミー・カーター(民主党)に敗れたことによって、「副大統領、大統領、そのいずれにも大統領選の洗礼を経ていない唯一の大統領」という重荷まで背負い込んでいたのである。

 さて、切った張ったの現場としてのPP、男や女を磨く場としてのSGという機能分離では、ケネディ大統領時代のホワイトハウスは、出色だった。SGの精髄は、公務以後のホワイトハウスでのディナー・パーティで、八名程度の小振りなものから一五〇名を越える大型のものもあった。これが「ケネディ宮廷」の「道場」となったのである。ありきたりのSG、社交の場を排し、媚びへつらいを排除、機知と皮肉の鍔迫り合いの場、「知的感性的PPの決戦場」、つまり「文化的PP」の戦場に一変させたのだ。

 著名人は無名人に、専門家は非専門家に、それぞれ足をすくわれる。例えば、セオドア・ローズヴェルト大統領研究の専門家がスピーチを行うときは、前大統領の娘アリスも招かれ、専門家が蘊蓄を傾ける度に、アリスが意地悪婆さんよろしく目を輝かせて「違うわ」と囁く。後は、その専門家がどう窮地を脱してみせるか? で勝負が決まる。彼が窮地をみごとに逃れれば、「見どころのあるやつ」として、以後もホワイトハウスからお座敷がかかる。ケネディのホワイトハウスは、誰もが本物の魅力と才覚を備えていないと生き残れない場所だった。

 社交場の武器は、品定め(サイジング・アツプ)である。PPから疎外されてきた上流女性は、まず自分がSGで君臨できるだけのステイタスを自分にもたらしてくれそうな男性を品定めしないといけなかった。しかし、アイヴィリーグ出なら文句なしというわけではなく、社交場裡で窮地に立たされてもみごと切り抜けてみせられる臨機応変の才(クイツク・ウイツト)が大前提だった。それこそが、政財界での出世の保証だった。

 上流女性らの品定めの基準は、おそらく彼女らの母親を通して浸透していた。ジャックリーンの実母は、一九二九年の大暴落を生き延びられなかった彼女の夫、ジョン・ブーヴィア(ジャックリーンの実父)と離婚、大不況を生き延びたヒュー・オーキンクロスと再婚した。資産の護持と増殖は上流男性の絶対命題として、それこそがPPの最高の発露であり、倒産後の夫に尽くすなどは()()の沙汰である。ケネディ家の興隆の祖、ジョー・パトリックもまた、みごと持ち株を最高値で売り抜けて、大不況を生き延びた。大統領の暗殺後、ジャックリーンがギリシャの船舶王と再婚したのは、実母の道筋を変則的に辿り直したことになる。

 ジョン・ブーヴィアが、オーキンクロス家が花嫁の後ろ楯となるケネディとの結婚式への招待に応じなかったのは、哀切な話である。少なくとも、これは妻とともに去った実の娘には許しを請わなければならない非礼だった(彼女は父親に許しを与えている)。

 アメリカの上流社会では、結婚式は花嫁側が仕切るのが習わしで、たいてい花嫁側の教会が式場になる。ジャックリーンの結婚式は、オーキンクロス家の別荘大農場ハマスミスで挙げられたのだ(彼女の実父が欠席した心情はよく分かる)。

 さて、「ケネディは鈍感さを唾棄した」と、英国の哲学者でケネディの知己、アイゼイア・バーリンは言っている。「どれだけ()(とく)、賢明、高貴な人物でも、鈍感だと彼にはどうでもよかった」。おそらく、傍流のアイルランド系カトリックとして、アメリカを牛耳ってきたWASPを常に意識させられた背景が、彼を過敏にし、翻って鈍感さを唾棄させたかと思われる。

 ジャックリーン・ケネディは、「宮廷」の裏側では、品定めで上流男性らをこき下ろした。裏側どころか、右記のアリスなどは、自分の父親の研究を仕事とする専門家を、目の前で意地悪く目を輝かせてこき下ろした(囁き声ではあったが)。後述のように、自分に魅了されたドゴールを、ジャックリーンは「あのエゴメイニアック」と切って捨てた。「病的に高飛車な男」という意味で、分かり切った品定めながら、自分が確実に魅了した男だからと言って評価を容赦しないところがいい。おかげでドゴールは、二重に「男を下げた」ことになる。

 マーティン・ルーサー・キングも、ジャックリーンによって「フォーニー(インチキ)」とサイズ・アップされた。公民権運動の「モーセ世代」だけに(オバマが「ヨシュア世代」)、個人の身の丈を越えたヒーロー像と眼前の小男とのギャップに見てとれた何かを、彼女は一言でこう表現したのだろう。夫も自分も個人の身の丈を越えていたが、この夫婦の場合、そういう自分を笑える何かが最後の土壇場で彼らに正気をもたらしていたのか?
この記事は役に立ちましたか?

役に立った
0
残り:0文字/本文:2538文字
この記事を買った人はこれも買っています
      この記事を収録している本
      この本で最も売れている記事
      レビューを書くレビューを書く

      レビューを書いてポイントゲット!【詳細はこちら】

      この本の目次