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日航機遺体収容 ―123便、事故処理の真相
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政治・社会
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『日航機遺体収容 ―123便、事故処理の真相』
[著]河村一男 [発行]イースト・プレス


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 この困難極まりなかった救難活動は、関与の程度に濃淡はあるものの、参加すべての機関・団体があい協力した総和によって、かろうじて成し遂げることができたものと考えている。

 それぞれが可能な限りの努力をしたにもかかわらず、力及ばない部分がかなりあったことは否めず、そのことをもって〈遅れ〉の批判を受けることになっているが、当時の実状を考えれば、的外れの批判であろう。

 当時部下に厳命したことの一つに、他の批判を口外しないことがある。他機関のことについて語ると、どうしてもその力及ばなかった点や手ちがいのあった点に触れるのは避けられないので、以来口を閉ざしてきたのであった。

 本書ではその禁を一部破った。この二〇年間に群馬県警の活動に活字で批判を加えたものがかなり見られるので、それに対しては反論を加え正しい事実を明らかにせざるをえないからである。

 それ以外のものには、原則として従来の姿勢を維持した。

 

 一つの眼目として、現場総指揮官として他者に頼ることのできない私固有の任務の進め方を考えてみた。

 第一は、負の局面における決断のあり方である。本文中何箇所かで触れたが、別人であればほかの方法もあったろう。上局を含めて他者を頼ることができなかったので、河村流で押し通した。議論のあるところであろう。

 第二は、これほど負担過剰な業務遂行過程では、回転が悪くなってきた部分の歯車のピッチを上げるため、新しい技法を加えるなど潤滑油注入の判断をすることであった。

 睡眠不足が重なって疲れきっている担当者に業務を追加するのは申し訳なかったが、つらい思いをしながら、無理を承知で強行命令を出したことが三度ほどある。

 一は本文でも触れているが、遺品の展示に関し坂本交通部長に対してであり、二は遺体散乱情況図の作成、三は収容遺体数の分類再点検に関し、遠藤刑事部長に対してであった。

 最初は普通の指示であったが、いずれもたいへんな業務量であるので、すぐに着手してくれる様子はない。

 翌日、今一度催促をしてみる。それでも動かない。

 三日目、申し訳ないと思いながら、やや意識した演技で声を荒げ気味で催促をしてみる。そこでやっと動き出すという状況であった。

 ふらふらになっている部下たちに鞭打つような指示で本当に申し訳なかったが、彼らもその必要性は重々承知しているので、文句一ついわず遂行してくれたのであった。

 これに関し、本書を書き上げている段階で新しく感じたのであるが、その一つは、これほど過酷な条件下の長期的作業になると、短期的ならばともかく、どこまでが本来の業務で、どこからが職務の限度を超えた業務であったのか、ということである。

 上級幹部は職掌上交代が利かないうえ、皆高齢である。平素の鍛え方がよいのか、過労死が出なかったのが不幸中の幸いであった。

 事故直後、上野村に連れていった課長たちは、平田(捜査一)、林(秘書)、江原(警備品二)、品川(鑑識)、浅見(機動隊)と、いずれも後年、県警生え抜きの最高ポストである刑事部長を務めた逸材である。これまた、偶然の配剤の妙で、私にとって最善のスタッフがそろっていた。

 なによりも皆若く、体力があった。極度の過労でふらふらになっていたが、倒れる寸前で、なんとかもちこたえてくれた。

 あれほどの多難な業務を乗り切ることができたの、彼らの力に負うところが大きかった。

 退官後、十数年民間企業の役員を務めて感じたのだが、職員の勤務条件には労働法規上、強い制限があり、このような過酷な条件を長期間継続させることは許されていないということであった。たとえ警察官であるとしても、無理があったのではないかと考えるようになった。

 彼らには、その過酷な条件を強いっぱなしで、なんら報いることなく転任した。その現実は、遺族をはじめ一般にも認識されておらず、心苦しい気持ちが残っている。

 

 最後に、本書の執筆をつうじて強く再認識したことに触れておきたい。

 完全無欠の情報というものはありえない、ということである。

 情報とは、人間が見、聞き、その他五感の働きによって感じたことを、他人に知らせるべく形づくったものであり、人間の五感がもとだけに、なにがしかの片面性があるのである。

 その実例を一つ。群馬県側から、生存者のいたスゲの沢第四支流に、最初に踏み込んだ消防団員を案内した堀川光市(ほりかわみつのり)猟友会員の証言。

 堀川氏は、営林職員で、若い頃現場の山火事の修復・植林作業に従事したこともあり、現場地理にもっとも詳しい人であった。
「残骸の積もった斜面下段に踏み込んだとき、三名の男女が先着していた。一言二言、言葉を交わしたが、彼らはまもなく下山していった」

 この三名の男女というのは、長野側から入山した深井純一立命館大学教授らの一行で、堀川氏は三名といわれるが、じつは四名だったのである。

 一行四名のうち、一人は凄惨な現場の直視に耐えられず、森の中に逃げ込んでいた。そのため、堀川氏が到着したときには、斜面には三名しかいなかったことが、後の調査でわかった。

 堀川氏の証言は、まちがいではない。だが、事実を全部表現する情報でなかったのも、また確かである。

 直接の目撃証言であってもこうしたことがありえるのだから、伝聞にもとづく証言の場合はなおさらであろう。

 また、この三人と、後続の消防団員が見た四人とのずれをさして、謎の特殊工作員がまぎれこんでいた、などといった妄説が生まれたりもした。

 情報処理のあり方次第で、とんでもないことになるという実例であろう。

 

 本書の執筆にあたっては、私なりに検証を重ね、事実を伝えることに慎重を期したつもりである。だが、それでも見落とした事実があるかもしれない。お気づきの点があれば、ご指摘を賜りたいと願う。

 
凡例

 敬称は原則として省略させていただいた。

 被害者・遺族の方々はアルファベットの仮名とさせていただいた。アルファベットは順につけており、実名のイニシャルとは関係がない。

 
神戸市須磨区の寓居にて 著者
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