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悲しき歌姫 藤圭子と宇多田ヒカルの宿痾
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エンタメ
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『悲しき歌姫 藤圭子と宇多田ヒカルの宿痾』
[著]大下英治 [発行]イースト・プレス


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 龍二は、純子の歌を、一刻も早く、一人でも多くの人間に聴かせたかった。約一カ月間、『コロムビアデノン』に通い、谷川と会いつづけた。

 谷川は、日本コロムビアの専属作家、専属アーチストを使わないで、新しい歌を模索している真っ最中であった。日本全国を飛び回り、新しい才能を発掘しようと躍起になっていた。特に、歌謡界は、都会的なものに移行していく予感があった。日本コロムビアのレコードは、比率では地方、または都会の周辺で受けるような傾向が強かった。かたや、日本ビクターでは、吉田正のつくる曲を例にとっても、都会的な色合いが強かった。

 谷川は、いつも忙しそうに動いていた。ほとんどひとりで、五、六人のアーチストを担当していた。

 一九六〇年代末期、時代は激しく動いていた。古い価値観を持った層が、いままで見たこともない価値観を突きつけられ、戸惑っていた時代であった。自己解放を標榜する全共闘世代の若者層は、古めかしい絶対的な価値観にしがみつこうとする旧世代を撃った。その波は、音楽界にも押し寄せていた。

 カレッジ・フォークの台頭がそれであり、深夜放送からゲリラ的に飛び出したヒット曲もあった。

 つまり、それまでのレコーディングスタジオという密室でしか作られていなかった商業音楽が、形を変え、品を変え、極端にいえば、〈いま、ここ〉から発生するような時代に変革されようとしていたのである。

 谷川は、龍二と阿部純子に、時代を突き破るマグマのような起爆力を感じていた。
〈勝負は、今年(昭和四十四年)の秋かな……〉

 つまり、それまでは、じっくりと準備をし、二曲から最低四曲までのラインアップを敷いてアルバムとして勝負したい、と思っていた。

 谷川の構想では、純子に、ドスのきいた演歌っぽい曲ではなく、純子の声の高音部をもっと活かした歌謡ポップス路線で勝負できるのではないか、と考えていた。

 だから、谷川は、阿部純子を引き受けるに際しての条件を龍二に提示していた。
「僕は、制作マーケティングって必要なんだと思うんですよ。いつも戦略を立てる上で思ってるんです。一にアーチスト、二に作品、三に運営論。この運営論というのは、事務所の問題、宣伝、具体的なマーケティング、キャンペーン、ジャケット決めなど、個々の制作プランも含んでいる。この三つが三位一体となったとき、初めてひとつの曲の売り出しが可能になる。だからこそ、デビュー曲は、慎重にいきたい。二作目、三作目が、すぐに用意できているようにしたい。阿部純子さんも、年間計画をちゃんと決めてやってみませんか」

 龍二も、その通りだと思った。龍二が、ディレクターなら、きっとそうしただろう。

 だが、龍二には、阿部純子を売り出す側のトータルプロデューサーとしての言い分があった。言い換えれば、純子のマネージャーとして、命がけだったのだ。
〈そんなに待てないよ……〉

 龍二は、谷川や、「芸映」のお膳立てに期待した。

 当初、「芸映」やコロムビア時代の谷川との付き合いから、純子のデビュー曲を、作詞を『恋のハレルヤ』、『天使の誘惑』、『港町ブルース』のなかにし礼、作曲を『君こそわが命』、『港町ブルース』の猪俣公章に依頼することになっていた。

 が、それがなかなかでき上がってこなかった。龍二は、徐々にいらだちを募らせていった。

 一カ月経って、そのいらだちは、頂点に達した。
「谷川さん、早くレコーディングお願いしますよ」
「澤ノ井さん、ちゃんと最初に説明したじゃない。わかってよ」

 谷川は、確かに忙しかった。そのときも、地方のグループの売り出しで、体が二つも三つも欲しかった。
「大丈夫だって、鈴木(力・「芸映」専務)さんもついてるし、澤ノ井さんもついてるから、純子ちゃんは大丈夫」

 そういって自分のデスクに戻った。龍二は、ここを(せん)()とばかり、いっしょについていった。

 電通の鬼十則にいわく、「取り組んだら放すな。殺されても放すな。目的完遂までは……」。

 龍二は、喧嘩をふっかけるようにいった。
「谷川さん、これ、うまくいかないから、やめましょう」
「もうちょっと待ってよ」
「じゃ、ちょっと工藤さんとも相談してみます」

 工藤宏。龍二が、『花菱エコーズ』売り出しのとき、世話になった新宿の有線放送「日本音楽放送」の社長である。龍二は、阿部純子売り出しに際しても、工藤の力を借りようと口説いていたからだ。

 龍二は、正直いって「コロムビアデノン」に失望していた。
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