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悲しき歌姫 藤圭子と宇多田ヒカルの宿痾
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エンタメ
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光って天才なのよ

『悲しき歌姫 藤圭子と宇多田ヒカルの宿痾』
[著]大下英治 [発行]イースト・プレス


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 平成四年の夏、久しぶりに藤圭子から石坂に電話が来た。待ち合わせは青山一丁目にあるプレジデントホテルのロビーであった。あいにく喫茶店が混んでいて、少し待ってから席についた。

 やせても枯れても、藤は大スターである。周囲の人に、「あっ、藤圭子だ」なんて指を差されないかと気になったので、石坂は少し体を折り曲げて伏せ、藤圭子も近くの人に気付かれないように、ヒソヒソ話をするような感じで話した。

 藤の話は近況から始まり、自分の音楽志向が変わったこととか、物の考え方を変えたこととかいろいろあったが、行き着くところは愛娘・光の天才論になった。
「石坂先生、光を中心に、わたしと宇多田さんで、U3というチームを組んでいるのよ」

 そう言われ、隣の席にいる光と宇多田照實へ石坂は思い出したように振り向いた。

 宇多田は、ミュージシャンらしくラフなスタイルで、長髪を後ろで束ねていたように思う。うろ覚えだが、その髪の毛は金髪で、大きな体と調和していて、外国人を見ているような気がした。

 いっぽう光は、アメリカンスタイルのミニスカートをはいていたような気もするし、白いTシャツにジーンズをはいていたような記憶もある。

 一つ覚えているとすれば、光はマンガの本を読んでいた。石坂が見たときも、どこが面白いのか、
「キャッキャッ」

 と笑っていた。
「石坂先生、光って天才なのよ。最高なんだから、光を中心にファミリーで新しい音楽を作ってきっと勝負してみせるから」

 と、半分つっかかるように攻められてしまった。

 まったく恥ずかしいことだが、石坂には、藤が光の素晴らしさを自分に売り込んでいることに気が付かなかったという。さすがに藤も疲れたのか、最後の頃は声にも力がなくなり、
「光が歌った歌よ」

 と、一本のテープを見せた。が、石坂は受け取らなかった。たとえそれを受け取ったとしても、自分は藤たちの音楽についていけないだろうし、光の歌を聞いて自分の物差しで計ることは、申し訳ないと思ったからだ。人には人それぞれの道があるし、人には人の歌がある。その中に入り込むほど、自分には柔軟性がないとわかっていたからだ。自分と藤とは、演歌という道を探し二人で歩いていたが、やがてその道は二股に分かれ、藤は藤圭子の道を行き、自分は自分の道を探し続けてきた。藤は米国に渡り、リズム&ブルースを求め、自分は藤と別れることで、藤と作った演歌を捨て、心歌の道を歩き出したからだ。

 宇多田照實と藤圭子、それに光の三人は、石坂だけでなく、そろって海老名香葉子の自宅も訪ねていた。平成四年の夏であった。

 藤圭子が、石坂に見せたように、海老名に声をはずませて光を誉めた。
「光は、天才よ! 光の歌を吹き込んだデモテープを持ってきたから、聴いて」

 藤圭子は、カセットで、そのテープを聴かせた。

 が、海老名には、その歌がどんなにすばらしいものか、判断がつかなかった。しかし、藤圭子がそれほど自信を持って言うのだ。海老名は売り出しに協力することにした。
「わかったわ。このデモテープを持って、わたしの友人や、知り合いのレコード会社とテレビ局を回ってみる」

 海老名は、さっそく、レコード会社とテレビ局を回り、知り合いにそのデモテープを置いて行き、聴いてもらうことにした。

 が、まったく反応はなかった。なにしろ光は小学生だ。のちの宇多田ヒカルのような輝きはまだなかったのであろう。

 藤の『螢火』をプロデュースした酒井政和プロデューサーは、石坂から藤が娘の光の売り込みにきた話を聞かされた。石坂が笑って話すには、藤は、自分の娘を天才だと恥ずかしげもなく言っていたらしい。
「親馬鹿なんだよ」

 十歳の娘が作詞作曲したという「I 'll Be Stronger」はインディーズ風で英語で歌われ、藤の家族が幸せであることを想像させるものだった。その娘こそ、のちの宇多田ヒカルであった。

 演歌で、「負」を描く石坂である。宇多田光の音楽は受け付けなかった。それどころか、あきれていた。だが、その見方は、藤圭子がまわった先の誰もが思ったことであった。酒井のところには、藤は話をもってこなかった。それまでは、藤が東京に来たときにはかならず連絡をしてきて会っていた。酒井のところには来にくかったのかもしれない。
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