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(2021/11/26 追記)

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須藤元気のつくり方
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エンタメ
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ナウシカ、またツラい一日がはじまるよ……

『須藤元気のつくり方』
[著]須藤元気 [発行]イースト・プレス


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 本当にどうでもいいかも知れないが、僕が初めて「格闘技」を意識したときのことを書こうと思う。

 それは小学校の低学年の頃だった。きっかけは、小山ゆう先生の傑作ボクシングマンガ『がんばれ元気』だ。

 僕の親父はこの作品を読んで、主人公の「困っている友達を助けに行く強さ」と「病弱なお母さんを気遣うやさしさ」という極めてベタな感動ポイントに感銘を受け、当時では珍しかった「元気」という名前を僕につけたのだという。

 そして、僕が小学校にあがった頃、親父は何を思ったのか急に本屋から作品全巻を購入してきて、「元気、お前の名前はこのマンガからつけたんだ」と僕に説明したのだ。

 言われた瞬間、心の底から思った。「そんなこと言われても……それにこのマンガ……絵に何とも言えない中毒性がある」

 だが、気が付けば、いつのまにか自分のルーツをそこに求めるようになっていたのも事実だ。僕の親父は、マンガの中の元気の父のように「昔、ボクサーを目指していた」わけではない。そして僕がこのマンガに影響を受けたのも、「ボクサーだったお父さんの敵を打つため、子供がプロの道を目指す」というストーリーが面白い、という単純な理由からだった。

 今考えてみると、相当に安易だと思うが、幼い僕としてはそんなことを微塵も思わなかった。むしろ、マンガを読むたびに「自分はここから生まれてきたんだ」という想いが強まり、主人公の「元気」に自分を重ね、彼同様に「お父さんのようなボクサーになりたい」と考えるようになったのだ。

 ちなみに僕のお父さんはボクサーではなく板前だ。

 以来、僕はボクサーになるための練習(といっても、真似事)を開始した。しばらくして、それにも物足りなくなると、親にせがんで近所のボクシングジムにも遊びに行くようになった。

 僕はよく「世界最強の男になる」という言葉を口にしていたと両親から聞いたことがあったが、どうやらその頃のボクシング体験が大きく影響しているらしい。実際、子供心に芽生えた興味ではあったが、「世界最強の男になる」というアホな想いは非常に強かった……気がする。

 
「気がする」と、思わず他人事のように書いてしまうのは、実は僕には小学生の頃の記憶がほとんどないからだ。
「元気」という名前の由来こそ、両親から繰り返し聞かされてきたため、頭の中にぼんやりと記憶があるのだが、そのほかのこと(例えば、学校生活のこと、友達のこと、当時遊んでいたときのこと)はほとんど覚えていない。

 僕のある時期の記憶のメモリーは、「脳」というハードから根こそぎ消え去ってしまっているのだ。

 なぜ、そんなことが自分の身に起きたのか。

 理由は単純だ。

 あの頃の僕は「毎日が死ぬほどキツかった」からだ。

 だからといって、トラウマになるような体験やエピソードがあるわけではない。当然、人からいじめられるようなタイプでもなかった。周りから聞いた当時の僕の様子を想像してみても、いたって普通な小学生だったように思う。

 ただ、僕は人一倍「臆病」だった。

 些細な身の周りの変化を敏感に感じ取って、そのたびに打ちひしがれるような恐怖を感じ、内面には常に正体のよくわからない不安が渦巻いていた。

 今でこそ笑い話として話せるが、あの頃の僕は強烈な不安に苛まれるあまり、登校する際、こっそりとバッグにナイフを忍ばせていたほどの困ったちゃんだった。そして、そのバックにお守り代わりには、ナウシカのぬいぐるみを付けていた。

 しかし、そんな小手先の処方をしたとしても、胸中の葛藤は静まることがなく、毎朝起きるたびに「またツラい一日がはじまるよ……」とナウシカに話しかけていた。ナウシカは、いつも何も答えてくれなかった。

 第二次世界大戦やベトナム戦争の本を読むと、最前線に立たされた兵隊たちは、運よく帰還できたとしても、恐怖体験のショックから記憶喪失に陥ってしまうことがあるらしい。受け入れがたい残酷な現実に脳が平穏状態を取り繕おうとするため、目の前に広がる光景の記憶を一切遮断してしまうのだという。

 小学生の僕の身に戦争体験に匹敵するほどの何があったのか、今となってはわからない。しかし、記憶を失ってしまった今の僕にとって、あの頃の日常の風景はまさしく「戦場そのもの」だったのだろう。
「世界最強になる」「ナウシカと結婚する」という口癖は、まさにそのような不安に打ち勝つための、自分自身に対する哀しい呪文だった。
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