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須藤元気のつくり方
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エンタメ
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スター選手軍団に突撃

『須藤元気のつくり方』
[著]須藤元気 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:3分
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 楽しい大学2年の夏が終わると、僕は首の調子を見ながら、徐々に総合格闘技の練習をスタートさせていった。

 その頃、ほんの短い期間だけYMCAでレスリングの指導を頼まれたのだが、なぜかその教室には、独特のグラップリング理論を持つことで知られる矢野卓見選手が主宰していた烏合会の選手がイチ生徒として参加していた。どうやら、レスリングを初めいろいろな格闘技を研究するためらしい。

 ある夜の練習後、その選手に総合の練習について相談をしてみると、意外にもあっさりと「じゃ、出稽古に来てみなよ」と承諾を得て、烏合会が練習している新宿スポーツセンターに通うことになった。

 スポセンに行くと代表の矢野選手を紹介してもらった。彼は右足が赤で左足が青の靴下を履いて、BVDのTシャツには、骨法の堀辺正史代表の似顔絵に「反骨法」と手書きのマジックで書いたものを着ていた。その姿はどう見ても、ある意味「変態」であった。そして矢野選手は「骨法」が八百長だということを僕に話し続けた。

 このとき、僕は反骨法ではなかったが矢野選手が本物だと言うことに気がつき、教えを請うた。

 なぜなら天才とは多少イカれているものだと僕は知っていたからだ。

 しばらく練習をしていると、「この新宿スポーツセンターでプロ格闘家たちが昼間に練習を行っている」という話を耳にした。

 そこは、菊田早苗選手を代表とした猛者たちが集まる場所だった。佐藤ルミナ選手、桜井〈マッハ〉速人選手、郷野聡寛選手、佐々木有生選手といった、当時修斗で戦うスター選手も参加していた。

 僕はその情報を手に入れると「恐縮です」と梨元勝氏の気分で突撃潜入した。

 当然、突然現われたプロ格闘家志望の素人を前にして、集まっていたスター選手には「誰、コイツ?」的な空気が流れた。そのメンバーのひとりだった高瀬大樹選手にいたっては、こちらを挑発するかのように激しくガンをつけてくる始末。

 社交的な雰囲気では、決してない。

 よく見ると高瀬選手の腕に「KILL」というアグレッシブすぎるタトゥーが入っていた。体に「殺す」と入れる奴を初めて見た。英語圏で暮らすことになったら、どうするつもりなんだ。

 結局、その日は誰も口を利いてくれず、せっかく練習に行ったにもかかわらず、みんなのスパーリングに入ることすらできなかった。HITORIBOCCHI……。

 その後、参加を重ねるうちに徐々にコミュニケーションが取れて、スパーリングに入れるようになったが、それでも緊張感のようなものは最後まで抜けなかったように思う。

 ちなみに、初めて高瀬選手とスパーしたときは、寝技なのに彼は僕に膝蹴りを入れてきた。僕もやり返してやった。しかし、いつの間にか川原で寝転び、夢を語り合い、気が付けば同い年ということもあり仲良くなっていた。高瀬選手は道場に知らない奴がいるといつでもガンを飛ばす癖がある。本人が自覚しているのか、していないのかはわからないが。

 

 新宿スポーツセンター以外にも、高田馬場の正道会館に出稽古に行って平直行選手や早川光由選手に柔術を習ったり、さらに大久保のスポーツ会館に通ってサンボを集中的に練習した。サンボでは新人戦に出場し、優勝することができた。

 あらためてこう振り返ってみると、たった3カ月間であれだけの出稽古をしたことを我ながら感心してしまう。

 この時期の出稽古では必ず僕のことを潰しにくる奴がひとりはいた。何とかうまくかわしたが、まだ『空手バカ一代』のような空気が残っていた。
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