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名家・名門の世界
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歴史
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第四章 日本の文化芸能を伝える名家

『名家・名門の世界』
[著]インデックス編集部 [発行]イースト・プレス


読了目安時間:27分
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日本の伝統文化は、多くが一族で構成されており、技とともに名前を受け継ぐ。その名前、つまり名跡は誉れ高いものであり、芸が見合うまでは決して襲名することがない。技を磨き、伝統文化を後世に伝えていく家々も、名門といえるだろう。


大衆文化の代表格・歌舞伎

歌舞伎の元祖は女性


 海外でも人気の高い伝統芸能、歌舞伎。今でこそ男性ばかりの世界だが、発端となったのは女性である。その名も出雲阿国(いずものおくに)、出雲大社の巫女だったとも河原者(かわらもの)(皮革加工を行なう被差別民)だったともいわれる。彼女が慶長(けいちょう)8年(1603年)、京都・北野天満宮で興行を行なった。これが最初の歌舞伎である。

 阿国は、当時の流行歌に合わせて踊ったり、男装をして当時のカブキ者(異風を好み、派手な身なりで常識を逸した行動をする者)のふるまいを取り入れたりした。

 これが評判となり、真似る者が増えた。しかし、主に遊女が演じていたため、風紀を乱すとして寛永(かんえい)6年(1629年)に禁止に追い込まれる。少年が演じる歌舞伎もあったが、こちらも男色目的を兼ねる集団が増えたために慶安(けいあん)6年(1652年)に禁止された。以来、歌舞伎は男性が演じるものとなり、それが現在まで続いている。



江戸時代後期の歌舞伎


 京で生まれた歌舞伎は、上方が中心だった。しかし元禄(げんろく)時代に入ると江戸にも名優が登場して「江戸歌舞伎」が芽吹く。「西の(坂田(さかた)藤十郎(とうじゅうろう)・東の(市川(いちかわ)團十郎(だんじゅうろう)」と、東西の名優を称える文句も現れた。

 ちなみに、京は細やかな情を表現する和事芸、江戸は猛々しい荒事芸といった風に、東西で芸風が異なっている。これも今日まで受け継がれている。

 大衆に愛され、人気を博した歌舞伎だが、実は役者たちは賤民として差別されていた。一方で興行への便宜は図られており、各地への通行は容易だったようだ。

 江戸幕府では、武士階級の者が歌舞伎を見ることを禁じ、多くの藩でもそれに(なら)っていたという。まだまだ「身分」というものが幅を利かせていた時代、賤民が演じる大衆向けの芝居を武士が見るとは何事ぞ、といったところだろうか。

浅草にあった江戸市村座の興行の様子



明治以降の歌舞伎


 江戸幕府が倒れ、文明開化の波が押し寄せる日本で、「歌舞伎は文明国にふさわしくないのでは」という批判が起こる。

 これは、それまで武士階級にあり、明治になって海外事情に明るくなった人々が言い出したことだった。この批判から改良運動が起こるが、庶民が好んでいた歌舞伎を上流・中流階級にふさわしい演劇にしようというのだから、無理がある。事実、この運動の中で創作された演目は、ほとんど支持が得られずに成功しなかった。ちなみに、この運動の成果のひとつが銀座・歌舞伎座の開場である。

 なお第二次大戦後、仇討ちや身分社会を描く歌舞伎はGHQにより上演禁止とされた。軍国主義を払拭し、民主化を進めるというのが、その理由だ。しかし、歌舞伎を愛していた米軍人により制限は解除される。そして、彼が役者を指定するかたちで『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』の興行が行なわれた。これは東西の役者総出演という豪華なものだったそうだ。

 昭和40年、重要無形文化財指定。平成21年、世界無形遺産登録。

銀座の歌舞伎座。建て替え事業により、この姿を見ることはもうない。



Column 歌舞伎の語源


 歌舞伎が、カブキ者の振る舞いを取り入れたものだと先述した。ここから「かぶき」と呼ばれるようになったのだが、当初は「歌い舞う芸妓」から「歌舞妓」と漢字を当てていた。

 しかし遊女の歌舞妓が禁止されたことから、「妓」に代わって「伎」の字が用いられた。これは「伎楽(ぎがく)(奈良時代に中国から伝わった無言劇)」からきている。


幽玄の世界・能

歌い踊る仮面劇


 鎌倉後期から室町初期にかけて完成した日本の伝統芸能の一つで、役者の歌舞と地謡(じうたい)囃子(はやし)などで構成された仮面劇だ。古代中国から伝わった舞や、日本古来の田楽(民間の農耕芸能。田植えの際に田の神を祀り、歌い踊った)などの影響を受けて成立したとされる。重要無形文化財、世界無形遺産。

 能といって、まず浮かぶのは能面だろう。「能面のような」「般若のような」など形容にも用いられるそれは、大きく鬼神・老人・男・女・霊の5つに分けられる。般若は鬼神の一つだ。さまざまな面があるが、その一つひとつは能面作家の腕と役者によって豊かな表情を見せる。なお、多くの能面が白塗りの厚化粧、引き眉にお歯黒をつけているのは、能が成立した時代の習慣を残しているためである。

 能舞台というと、神社などで空の下に舞台を設置しているイメージがある。これが本来の舞台であり、日光と白州(しらす)からの反射光を照明にするという特徴がある。しかし明治以降、建物の中に能舞台と見所(客席)をつくる「能楽堂」が現れるようになった。
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