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韓国人による沈韓論
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政治・社会
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序 章 「汝(なんじ)、己を知れ」――韓国を映し出す「鏡」

『韓国人による沈韓論』
[著]シンシアリー [発行]扶桑社


読了目安時間:17分
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「ありのままの姿」、「あるべき姿」、「あるべきでない姿」



 日本の神社には、なぜか鏡が置いてあるところがありますね。置くというより、「祀っている」という日本語を使うべきでしょうか。神道の教えについて、私は人に話せるほどの知識を持っていませんが、一般的に「鏡」というと、その使い道は三つある気がします。

「ありのままの姿」を知ることが基本で、その姿から「あるべき」姿を知ること、そして同じく「あるべきでない」姿を知ること。


 例えば、ネクタイはちゃんとしているのか、顔に何かついてないか、髪は凄いことになってないか、鏡を見ることでとりあえず「ありのまま」の状態を知り、直すべきところがあると気づいたら、当然ですが直します。問題ないところでも、もっとよくすることもできます。大事な礼式などがあると、さらに気をつけてそれに合わせます。もちろん、鏡を見ながらやるからこそ、ちゃんとできます。


 尊敬する人、または手本になってくれる人を「鏡だ」と呼ぶこともありますが、まさにその通りです。

「映す」のが神なのか、それとも「映される」のが神なのか、それはわかりません。でも、日本には神様が八百万もいらっしゃるそうですし、この八百万という数字を「すべて」と見ることもできるそうですから、映すも映されるも、世の中のすべては何かを映している神様の鏡であるとも言えます。日本では神という存在が必ずしも「善(良い)」だけではないそうですから、そこもまた、「世の中」繋がりで、奥が深いものです。


 鏡を「自分の状態を知る」とするなら、神殿の前に、それと同じ趣旨を書いておいた国があります。古代ギリシャです。


 太陽神として有名なアポロンの神殿である「デルポイのアポロン神殿」の入り口には、「(なんじ)(おのれ)を知れ(グノーシ・セアウトン)」という言葉が刻まれています。「汝、己を知れ」は、ソクラテスの言葉として知られているため哲学的に思われがちですが、実はギリシャの格言だそうです。


 デルポイのアポロン神殿は、神託(神様のお告げを聞くこと)で有名でした。まだ長距離の移動が大変だった頃、神託を聞くためにわざわざ神殿まで来た人たちに、「汝、己を知れ」と書いておいた理由はなんでしょうか。「神様のお告げ」と「己を知る」ことの関連性はなんだったのでしょうか。それは一種の注意事項だったのでしょうか。それとも、その二つは同じだという意味だったのかもしれません。


 どちらにせよ、日本の鏡とギリシャの格言からは、遠く離れたそれぞれの国のご先祖様たちが、人間が神を前にする時の姿勢について同じことを考えていたのではないか、というロマンを感じずにはいられません。


 世の中を鏡だとすると、それを見ることで自分を知ることも、問題を直すことも、さらに良くすることもできるでしょう。何かの手本として、または反面教師としての「鏡」を見つけることだってできるはずです。

「豚の目には豚が、釈迦の目には釈迦が見える」とも言いますが、世の中のさまざまな存在や出来事から、何を見出すことができるのか。私たち人類は、その過程でいろいろな思想に浸かり、神を崇め、文化を楽しみ、たまには対立しながら、少しずつ前に進んでここまできました。


 あえて本題と離れたものを一つ例えるなら、カタルシスのために悲劇を楽しんできたことです。ありもしない架空の物語を作り出し、感動してビービーと涙を流すことが、より良い明日を生きるために役に立つ。どこの誰が最初に見つけたものなのかはわかりませんが、つくづく、人間とは不思議な生き物だな、と思ってしまいます。


「実は、桜の起源は韓国」!?



 くわしく数えたわけではありませんが、十年くらい前でしょうか。韓国では桜の並木道を作る自治体が増えました。まるで「韓国の春を代表する花は桜です」と主張しているようです。韓国でも大勢の人たちが桜を楽しむようになりましたが、まだまだ日本には(かな)いません。


 私は二~三年おきに桜を見に日本に行きますが、日本と韓国を比べてみると、ほかはともかく、「歳(樹齢)」の差が明らかです。韓国の桜の並木道などは、遠くで見るとそれっぽいですが、近くに行ってみると、あまり絵にならない木ばかりです。


 桜の木の写真を撮る場合、木によっては遠くから全体像を捉えることもありますが、いくつかの枝を画面いっぱいに撮ることが多い(そうしないと、肝心の桜の花の形が小さくなり過ぎて写真から視認できなかったりします)ため、写真を撮ってみるとすぐわかります。


 韓国の桜の木は、枝や花が「スカスカ」です。木がまだまだ幼いからです。昔からの桜の名所がないわけではありませんが、オンシーズンには秩序が守られずゴミは溢れるし、何か食べるにも物の値段がひどく上がったり(ボッタクリ商売)して、愉快な気分で帰ってきたことがあまりなく、「また行きたい」という気にならないのは、大きな弱点です。


 私が言うのもなんですが、最近、日本では、韓国関連の本がいろいろな意味で話題になっていますし、「韓国+桜だから、これから起源説の話になるだろうな」と、すでに気づいた方も大勢いらっしゃることでしょう。韓国では、こういう流れになると、なぜか、必ず「起源説」が出てきます。「桜といえば日本を思い描く人が多いけれど、実は、桜の起源は韓国なんだよ!」と。どうしても日本より偉い立場になりたいからです。

「今」や「未来」で上に立とうとせず、誤魔化しやすい「過去」で上に立とうとします。「過去」は儒教的に「年上」の意味もあります。案の定、韓国は、ネットから地上波放送まで、桜の起源主張に頑張っています。


 しかし、どうでしょう。皆さんは桜に関する歌……とくに童謡や民謡などをどれだけご存じでしょうか。おそらく、人にもよるでしょうけれど、「歌詞を間違えるかもしれないけど、ある程度なら歌えるよ」という桜の歌を、一つや二つはご存じでしょう。わざわざ見つけ出そうとしなくても、テレビで、ラジオで、音楽の授業で、とくに幼かった頃の幼稚園や小学校で、聞いたり歌ったりした懐かしい歌が記憶に残っていることでしょう。音楽とは音を楽しむことです。人類最古の「楽しい」の一つです。楽しい音の記憶は、そう簡単には消えたりしません。


 しかし、私は、桜の童謡や民謡などは、一つも知りません。知っている桜の歌といえば、大人になってから日本でCDを買った、森山直太朗さんの「さくら」だけです。私は、韓国で生まれ、正常な教育課程を受けながら育った人間ですが、そんな私の「子どもの頃の懐かしい歌」たる思い出の中に、楽しかった音の記憶に、桜が出てくるものはありません。なぜでしょう? 答えは簡単です。韓国には、春を代表する別の花があったからです。それは、「ゲナリ」と「ジンダレ」です。


 さすがにそれらを日本語で何というのかはわからなかったので、ちょっと調べてみましたが、「ゲナリ」は「チョウセンレンギョウ」、「ジンダレ」は「ツツジ」になるようですね。昔は「キムチ」が「朝鮮漬け」と呼ばれていたと聞きますが、「ゲナリ」が日本で「チョウセンレンギョウ」と呼ばれているとは、「韓国を代表する春の花」として紹介している私としても、非常に嬉しいことです。


葬られる代表花・ゲナリとジンダレ



 ゲナリとジンダレは、一緒に咲いていると、その色の組み合わせがなかなか派手です。まるで、「注意」や「注目」と、よく目につくように作った標識の色のようです。その「見て見て」といっているような鮮やかな色の共演は、とくに晴れた日には見事で、私は大好きです。韓国の童謡などに、ゲナリやジンダレが登場するものはたくさんあります。

『ナリナリゲナリ、口に取ってくわえ、ひよっこたちピョンピョンピョン、春のお散歩に行きます~』とか、『ジンダレ食べて(昔は蜜を吸ったらしいです)、水遊びして、リスを追いかけた子どもの頃~』とか。もちろん私も、いくつかの歌を知っています。


 需要と供給による結果(国内でも桜の人気が高い)だと言ってしまえばそれだけですし、別に「桜の並木道を作るな」と言う気もさらさらないですが、ゲナリやジンダレはこれといった公園一つも作らず、目の色を変えて桜ばかり植えては起源がどうとかと必死になっている韓国の姿を見ていると、切なくなります。


 起源も何も、ハッキリ言いますが、韓国で桜が春の代表的な花にされた(あえて「なった」ではなく、「された」と書いてみます)のは、つい十年前からの話です。本当の春の代表であるゲナリやジンダレですが、このままでは、十年後にはゲナリもジンダレも忘れられて、子どもたちからただの「野花」と呼ばれるようになってしまうのではないか……そう思うと、切なくなるのです。


 そして、そういう切なさを覚えるたびに、「日本のものを奪おうとしないで、自分のものを大事にしろよ」とか、「韓国人って、実は、韓国のモノに対して自信がないのではないか?」とか、そういうことまで考えてしまうのは、私の心が曇っているからでしょうか。


自国のものに自信が持てないという悲哀



 ほかにも事例を述べてみます。


 韓国の武術(武道)と言えば「テコンドー」を思い浮かべる方々も多いでしょう。別にテコンドーはテコンドーでいいですが、あれが韓国の「伝統」武術なのかというと、ちょっと微妙です。あれは、空手の影響を強く受けて出来上がったものです。もちろん、韓国側はそんなことは一切認めていません。


 昔、韓国には「テッキョン」と呼ばれる武道がありました。YOUTUBEなどに動画が残っていると思いますが、テッキョンは、今のテコンドーや空手とは違って、直線的な動きではなく、曲線というか、「踊り」に近い動きを描きます。武術を学んでいると[逆賊(クーデターを企む反逆者)]とされたため、万が一の時に「踊りの練習をしていただけです」と言い訳をするためだ、とも言われています。


 ほかの国にも似たような例はあり、「カポエイラ」なども、黒人奴隷が踊りに見せかけながら練習したという話があるようです。ですが、韓国人がテコンドーを自慢することはあっても、テッキョンを自慢するのは、聞いたことがありません。


 日本では「プルコギ」として有名ですが、「ブル(火)ゴギ(肉)」、すなわち「ヤキニク」も、山のような形の鉄板を使い、肉や野菜の「汁」を鉄板の下のほうに溜めながら食べるのが韓国式です。昔は、かなりの貴族料理でした。


 基本的に、韓国料理は「汁」を出すことを何より大事にしてきました。食事の際に、常にスプーンがないといけないのも、そのためです。昔の煮るタイプの薬(漢方薬など)と同じです。長い時間、心を込めて汁を出すことが「作り手の誠意」で、それが薬効にまで影響を及ぼすという認識がありました。それが、料理にも共通していたのです。


 最近の韓国のヤキニクは、韓国では「スップルグイ(炭火焼き)」または「スップルカルビ(炭火カルビ)」と呼んでいますが、韓国式ではなく、日本からの影響を受けた焼き方です。なにせ、炭火で焼きながら肉の汁を捨てる焼き方は、韓国の昔ながらの焼き方ではありません。最近は、どこに行っても炭火焼きがほとんどで、ブルゴギは、店のメニューから消えつつあります。


 テコンドーやスップルグイが今こうして存在しているなら、別にそれでいいと思います。世の流れだ……ということでヨシとしてもいいです。でも、問題は残ります。各事案において共通的に、最後にはこうなってしまうからです→→「韓国が起源だ」。


 やはり、相手が日本だから、でしょうか。そのたびに思います。韓国人は、本当は自分たちのものには自信がなく、日本のものを欲しがっているだけではないか、と。


桜という「鏡」の存在



 桜の話に戻しましょう。


 自分にとって、桜は癒やしの花です。何度も癒やされたからです。癒やしは治癒で、「治す」は「直す」でもあります。癒やしは、人のものを欲しがることではなく、自分自身のあるべき姿を取り戻すことです。必ずしも外見的な形だけではなく、内面的なものも含めての「あるべき」姿こそ、至高のバランスであり、それこそが「美」であります。私が桜に癒やされたのも、別に外見的な問題ではありませんでした。

「治す」が「直す」なら、桜は、私にとって「鏡」のような存在です。


 この原稿を書きながら、そういえば桜の花言葉って何だろうと気になって、また調べてみました(原稿を書こうとすると、なぜか別のことがしたくなります)。どうやら桜の種類によって、その花言葉も違うようですが、「枝垂れ桜」には「精神美」という花言葉があるようです。


 私がこれから書く内容に登場する桜も、どちらも枝垂れ桜です。なるほど、私だけではなかったようですね。桜という鏡を見て「癒やし」、すなわち「直し」を感じとった人は。


私がブログに「この国を呪ってやる」と書いた日



 二〇一一年三月十一日の夜。


 私が、自分で記憶している限りでは、本気で何かを呪ったのは、あの日の夜だけです。憎い人や物(有形だろうと無形だろうと)がなかったわけではありませんが、「呪う」となると桁が違います。


 自分にとっても自分のブログ「シンシアリーのブログ」にとっても、あまり思い出したくないものですが、二〇一一年三月、東日本大震災の夜、街で「デーハン・ミングック(大韓民国という意味で、サッカー応援などによく使われる)」という喜びの叫び声を何度も耳にし、ネットに溢れる歓喜の意見を目にした時のことです。


 私は、それまで知ってはいても、心の奥底ではまだ認めたくないと願っていた事実を、認めざるを得ませんでした。「この国は狂っている」と。


 それは、大事にしていた信仰を、ある出来事のせいで、一瞬で失ったあの時の感覚に似ていました。

「あなたが悪くないのは知っています。でも、私はあなたのところには戻れません。私を待たないでください。あなたが私を待っていると思うと、それは苦しみでしかありません。今まで、世話になりました」


 それが、私が基督教(韓国のプロテスタント・キリスト教)の神様に残した最後の挨拶でした。神が悪いというわけではありません。ただ、その神の教えを世に伝える人たちが、ここまでお金に薄汚いのでは……人を騙すことしか考えていないのでは……その宗教の教義の中で神に会うという立場から、信仰を持ち続けることはできませんでした。さすがに、この本でくわしく書くような内容ではありませんので省略しますが、お金にかかわるある出来事で、私は信仰を捨てました。


 神を映すと信じていた「鏡」を、一枚、自分の手で割ったとも言えますね。


 あの三月の夜も、神様に別れの挨拶をした時の感覚に似ていました。何が悪く、何が問題なのかをシステム的に考えてみると、自分の国を呪うという対応が正しいのか? それは疑問でした。反論されても当然です。でも、率直に、呪わずにはいられませんでした。私はブログに「この国を呪ってやる」と書き、その内容は、大勢の人たちの手で、ネットの海へと「拡散(ネットでほかのサイトやソーシャルメディアなどに広がること)」していきました。


 呪った「あと」が怖かったわけではありません。日本でも「人を呪わば穴二つ」といいますし、キリスト教でも「憎い相手のために祈れ」という教えがありますし、それよりもっと古く、今ではオカルトでしかない教えにも、「黒魔術(呪い)は三倍になって自分に返ってくる」というのがあります。


 ただ、それを背負うことになっても、それでも呪いたいと思いました。今になって振り返ってみても、あの夜の精神状態は、何だったのだろうと、自分のことでありながら研究対象だったりします。余談ですが、半端なく強い頭痛つきでした。


 次の日、自分の書いた内容が拡散されていく様を見ながら、一言で、とても悲しくなりました。自分で書いておいて、今さら何を?……複雑な気持ちでした。


 二〇一四年四月、前著『韓国人による恥韓論』の見本を読み終えた時にも同じ気持ちでしたが、二〇一一年のほうが、もっと「深かった」と思います。


日本の桜が教えてくれたこと



 そして、四月になり、日本行きの日になりました。実は、二〇一一年四月初旬の某日は、その二カ月前から準備していた、日本に桜を見に行くと、楽しみにしていた日でもあったのです。


 日本側もそうでしたが、韓国側では圧倒的に「悪い」方向へのニュースが多く、どうしようかと迷ったのは、言うまでもありません。放射能など、そんなものが問題だったわけではありません。知り合いに「日本に行く? お前、狂ってるのか?」と言われましたが、すでに数値がちゃんと公表されていたし、気にしませんでした。


 私は、あのような状況下で何か画期的なことができるほど有能な人間ではありませんが、デマに流されて事態を悪化させるほど無能な人間でもありません。


 私が気にしていたのは、あのような苦しい出来事があった直後の日本に、「遊びに行く」という行為そのものでした。桜祭りが次々とキャンセルされ、節電を呼びかけるなど、日本国内でも自重の雰囲気が強く、私という「異物」は、迷惑でしかないのでは……と、それが気がかりだったのです。しかし、飛行機やホテルなどは、すでに予約済みで、キャンセルしたらしたでまた迷惑をかけることになってしまいそうで、できるかぎり自重すると心がけ、東京へ向かいました。


 不幸中の幸い、東京は思ったより安定していて(やはり、こういうのは現地でしかわからないものです)、心配していた流通(コンビニの品揃えなど)も、思ったほど悪くはありませんでした。


 そして、日程が一泊二日と短かったため遠くには行けませんでしたが、目当てだった「(りく)()(えん)」の桜のところへ向かいました。美しい公園の中でも、ひと際目立つあの枝垂れ桜は、なんと美しかったことか。あの桜にどれだけ癒やされたことか、今でも当時の写真を見るたびに思い出します。


 世には、さまざまな基準(儀)があります。模範とか、作法とか。それに合わせて、または基準そのものに対して畏敬の念を示す(礼)が「礼儀」です。その枝垂れ桜は、この世にある種の礼儀を尽くしていました。


 その「白眉」たる姿は、それを見に来た私たち人間にとって、「こうあるべき」たる、まさに「鏡」でした。


私もまた、韓国の一部



 私たちの周辺には、「あるべくしてある」ものが数多くあります。


 桜は咲くべくして咲くし、船は浮くべくして浮いています。その中で、私たちは特別なものを見つけていきます。「ヨシ(良し)」を見出すことも「アシ(悪し)」を見出すこともあります。好きな風景、好きな花、人、歌、絵、本……極めて個人的な繋がりを持つものから、文化財など、価値観を共有している人たちの間で卓越した美しさを誇るものもあります。


 私たちは、そういう「鏡」との出会いによって、いろいろなものを見出します。そこからある種の「礼儀」を感じ取ることもできます。毎朝、鏡を見ながら髪やスーツに手入れするのと同じです。社会の礼儀に合わせる必要性を鏡を見ながら感じ取っているのです。もちろん、その逆もあるでしょうけれど。相手が生きていないものでも、それを見ている私たちが、人間という特別な生き物である以上、私たちはあるべくしてある「彼ら」から、いろいろなものを見つけることができます。


 また一つ、哲学者が残した言葉ですが、「万物は神々で充ちている」。趣旨はちょっと外れますが、本当に素敵な見方です。その中に、どれだけ多くの鏡があるのでしょうか。八百万枚かもしれないし、大きな一枚なのかもしれません。


 前著にも書きましたが、「愛国も愛であるかぎり、何かを憎むことで生まれるものではない」。それは、あの時、六義園で思いついた私の持論の一つ、私が「見出せた」答えの一つです。


 どうしてそんなことを思ったかはわかりません。桜を見ていたら、なぜかそう思いました。精神美の成せる技、だったのでしょうか。自分自身、それと当時の私の精神状態と何の関係があったかはわかりませんが、とにかく、自分の中の「呪い」騒動は、それからはあまり気にならなくなりました。


 ただ、あの夜の「呪い」は本当に間違っていたのか。邪悪なものだから自分の人生から切り捨てるべきなのか? というと、今でも、ハッキリと答えることはできません。あれもまた、私の一部です。少なくとも、嘘ではありませんでした。ひとつ言えるのは、呪いの対象から「自分だけを例外にしたりはしない」という決意だけです。


 私もまた、その国の一部です。


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