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歴史通は人間通
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1 歴史の見方

『歴史通は人間通』
[著]渡部昇一 [発行]扶桑社


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◎美しい歴史の虹を見よう

 歴史とは虹のごときものである――このことを私に悟らせてくれたのは、ある言語学者のエッセイであった。

 だいぶ昔のことになるが、ロンドンの大英博物館の近くにある小さな古書店で、オーウェン・バーフィールドという言語学者の書いた一冊のぺーパーバックを私は偶然に見つけた。

 その最初のほうに、こういう趣旨のことが書いてあった。
「歴史というものは虹のようなものである。それは近くに寄って、くわしく見れば見えるというものではない。近くに寄れば、その正体は水玉にすぎない」

 この文章にぶつかったとき、私はそれまで歴史というものに関して何となくモヤモヤしていたものが、一挙に整理され分かったような気がした。

 たしかに、虹というものは普通の存在とは違う、別種のものである。

 誰もが虹を見たことがあり、それが存在するという事実を知らない人はいないであろう。しかし、その正体を調べようとすれば、分からなくなってしまうのが虹なのである。

 それは遠くから見えてはいても、近づいて検証しようとすれば、そこには単なる水玉しか存在しないのである。これはいったい、どういうことであろうか。

 バーフィールドは、ゲーテの『色彩論』のほうが、ニュートンの『光学』よりも虹の現象をよく説明するとしている。

 ニュートンが光を客観的物理現象としてのみ分析したのに対して、文学者でもあるゲーテは、「色彩は、その色を見る人間があって、はじめて成立する」という視点を導入し、天然色を扱う現代の光学の基礎を作った。

 これを歴史に例えてみると、なるほどと思い当たることが多い。

 虹は、見る人から一定の距雛と角度を置いたとき、はじめて、明瞭に見える。逆に言えば、その距離と角度が適当でなければ虹は見えない、ということなのである。

 同じ時間に空を見ていながら、虹を見なかったという人は、いた場所が悪かったか、あるいは虹に近すぎたからにほかならない。

 そして歴史における水玉というのは、個々の歴史資料や個々の歴史的事実といったものであろう。だが、こういった歴史的事実を集めてみても、その観察者の立っている場所が悪ければ、歴史の実像は、いっこうに見えてはこないのである。

 見る側の人間がいなければ、虹と同様で「歴史」は存在しない。いわゆる客観的なものは個々の「史実」だけであり、それはあくまでも虹における水滴のごときものなのである。

   『日本、そして日本人の「夢」と矜持』

◎この国の物語をどう語るか

 歴史は、まずもってその国の物語である。どの国にもそれぞれの物語があるが、比較的おもしろい物語になる国と、あんまりおもしろい物語にならない国がある。物語の筋が支離滅裂だったり、途中で切れたり、物語としてまとまらないような国もある。

 日本は、と言えば、ずば抜けておもしろい物語になる国であるように思われた。第一、有史以前から、つまり神代から現代まで、筋が一本ピンと通った国、つまり王朝が一つという国はほかにないではないか。これは物語るに(あたい)するのではないか。物語の資料いじりや暗黒面ばかりあばくのを学問と思うのが、戦後の日本史学の主流のようだったが、まず、この国の物語を、愛情こめて、おもしろく物語ってみたらどうだろうか。

   『歴史の読み方』

◎歴史を語る二つの態度

 私は、自分の国の歴史を語ることは、結局、自分の先祖を語ることだと考えている。要するに、自分の親や祖父について語るようなものだと思う。また、その際、どうしても語る時点の自分の感情がからまってくる。そしてその場合、二つの態度があると思う。

 一つは、親を憎み、それを告発するような態度をとることである。日本史の暗黒面をあばきだし、きびしい批判をあびせ、しかも、それが激しければ激しいほど真実に近く、正義であるとする立場である。

 もう一つは、まず親に対する愛情から出発する態度である。親の弱点や短所を承知しながらも、それを許容し、むしろ親の長所やユニークな点に重点を置いて語る立場である。

 これについて、私がよく例に引くものに、『論語』にでてくる次の話がある。
()葉公(ようこう)が自慢顔をして孔子(こうし)に言った。『私の村に正直者の(きゅう)という正義漢がおります。その男の父親が羊を盗んだとき、息子である躬は、その証人となって父を告発したほどであります』と。これに対して、孔子はこう答えました。
『私の村の正直者はそれと違っています。父親は子どもをかばって隠してやるし、子どもは父親をかばって隠してやります。これは不正直のようにも見えますが、じつは、こういう行為の中にこそ、本当の正直さがあると思います』と」(「子路第十三」)

 戦後の日本史は、葉公の村の正直者の(きゅう)さんのような態度で書かれたもの、すなわち、日本の歴史を暗黒面一色で塗りつぶしたようなものが圧倒的に多かったように思う。しかし、私は孔子の村の人間のようにありたいと思っている。

 私は、まず自分の先祖を愛する立場、先祖に誇りを持つ立場から日本史を見てみたい。愛と誇りのないところに、どうして自分の主体性を洞察できるだろうか。非行少年の多くは、自分の親に対する愛と誇りを失うことによって、基本的な主体性を失い、非行グループという(にせ)の主体性を得た若者たちであるといわれている。それと同じように、国民が自分の国の歴史に対する愛と誇りを失えば、日本人としての主体性(アイデンティティ)を失い、日本よりさらに野蛮な国に、自分の主体性を(ゆだ)ねたりすることになるのではないだろうか。

   『歴史の読み方』

◎戦争の勝敗を決する「わずかな差」

 六十余年、日本の敗因を考え続けてきたが、最近、「戦争の勝ち負けはわずかなことで決まることが多い」と思うようになった。

 一つの例として、豊臣秀吉の朝鮮出兵を挙げよう。文禄の役では、東側を加藤清正、西側を小西行長が担当し、どちらもほとんど無傷で進んだ。これは対米戦争において、最初はあまりにも見事に勝ったことと似ている。

 だが、もし文禄の役で、東側の加藤清正、西側の小西行長を逆に配置していたら、漢城から平壌へと逃亡していた朝鮮王は簡単に捕虜になり、最初の年で戦争が終わっていた可能性は百パーセントぐらいある。当時の朝鮮民衆は李朝に反対で、最初は日本に協力的だったからである。東側を進んだ加藤清正が捕虜にした二人の王子も、朝鮮の人々が捕まえて差し出したようなものだ。だから小西行長が東側を進んでも、二人の王子は捕まったはずである。一方、加藤清正が西海岸を進めば、平壌までいかずとも、開城あたりで朝鮮王を捕まえただろう。そこで戦争は終わりである。当時はまだ李舜臣も出ていないし、ゲリラも出ていない。

 太平洋の戦いでも、戦争の分水嶺となったミッドウェー海戦で、山口多聞に機動部隊を任せていれば、負けなかったのは確かだといわれる。しからずんば、山本五十六の陣頭指揮でもよかった。ミッドウェーの失敗は人事の失敗といってもいい。これは戦略の失敗とか作戦計画そのものの失敗という(たぐい)の問題ではない。どちらかというと、当事者にとっては「判断のわずかな差」に見えるだろう。しかし、そういう「わずかな差」が戦争全体の帰趨(きすう)を決めるということがあるのではないか。

   『アメリカが畏怖した日本』

◎「正義」という錦の御旗
「正義」という(にしき)御旗(みはた)のもとに、どれだけ多くの人が殺され、どれだけ多くのすばらしい文化が破壊されてきたか。一方、「腐敗」とののしられた世にあっては、どれだけ多くの人が平和で愉快な人生を送ったことか。「正義」こそ破壊的暴力思想であり、「腐敗」こそ民主政治が行なわれている(あかし)であるという歴史のパラドックスを、今こそ深く噛みしめたいものである。

   『歴史の読み方』


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