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生き方・教養
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●中国から輸入された「神道」という言葉

『神社ツーリズム』
[著]東條英利 [発行]扶桑社


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「神道」の本質を探るために、まずはその言葉の意味から探っていくことにしよう。「神道」は一般に、「しんとう」という読み方で広く知られている一方で、まれに「かんながらのみち」と読むこともある。このうち「かんながら」は、「神の御心のままに」という意味で、実はこの言葉そのものは外来語である。これは、漢字というものが大陸から伝来したものと思えば自ずと理解できるかもしれないが、当初は、現在の私たちがイメージする「神道」を意味した言葉ではなかった。


 もともと「神道」という言葉は、古代中国で考案された占い本である『易経(えききょう)』で使われていたとされる。この占いは、占筮(せんぜい)と呼ばれる細長い竹を使って吉凶を占うというもので、昔の中国映画などを観ていて、街の路地裏で、細長い竹をジャラジャラと振りながら占いをしている登場人物を目にしたことがあるという方もいるのではないか。「神道」は、そんな占い本で使用されていた言葉であり、当時はこれを「霊妙不可思議な自然の法則」という意味で用いていた。確かに、神道が古代アニミズム(自然信仰)に起点を置くと考えれば、非常に的を射た表現と言えるかもしれないが、当然のことながら、当時は日本の古代アミニズム信仰を形容した言葉ではなかった。


 しかし、この本を通じて「神道」という言葉が日本で認知されると、それが最終的に、今の「神道」を指す表現として採用されていく。その引用が最初に確認されたのが、いわゆる日本最古の正史のひとつ、養老4年(720年)に完成した『日本書紀』である。ここでついに、日本古来の原始信仰に対してわが国で「神道」という言葉が正式採用されるに至ったのである。なぜ「神道」という言葉だけが抜き出されたのかは判然としないままだが、この言葉が使われるに至った経緯は、ある程度明らかになっている。それは、当時、国内でも台頭著しかった仏教の存在があり、その仏教と対比させるために、わが国固有の信仰として引用されたということだ。つまり、もともと日本には、「神道」と呼ばれる遥か前から、古代アニミズムをベースにした古代信仰が存在していたことがわかるのである。


 当時の私たちは文字らしい文字を持っていなかった。いや、厳密にはかなり古くから漢字が伝来していたとされ、その伝播時期は、一説には弥生時代初期(紀元前3世紀中頃)にまでさかのぼるとも言われる。ただ、漢字が一般化するようになったのは、仏教伝来以降(6世紀中頃)とされることから、それ以前に関してはほとんど理解されていなかったと言っていいだろう。しかし、仏教という際立った海外文化の存在が明らかになったことで、わが国に古来から伝わる信仰が何たるかということを、改めて明文化する必要に迫られたと考えるほうが自然であろう。


 ともかく、結果的に「神道」という表現が、「仏教」に対比する役割として、古来の原始信仰に用いられていったのは確かなことである。ただ一方では、実はそれ以前にも、わが国固有の信仰に対して別の言い回しが存在していたといわれている。それが、「古道(こどう)」である。これが、果たしてどの程度定着していた表現であったのかはわからないが、この「神道」という言葉が採用されるまでのしばらくの間は、「古道」という呼び名のほうが一般的であったとされ、このため当初は「神道」という表現が、なかなか定着しなかったとも言われている。ただ、仏教や儒教、道教といった外来宗教が流入する以前の日本古来の原始信仰を「古神道(こしんとう)」と呼び、それ以降のものを「神道」と使い分けることがあるというのは覚えておいたほうがいいだろう。

 それでは、この「古神道」と「神道」は、その時代背景としての呼び名の変化以外に大きな違いはなかったのだろうか。実は、そこには多少なりとも性質的な“誤差”が生まれている。なぜなら、その変化の起点には、仏教流入以降の異文化の影響が伴うからである。そのため、自然とそのスタイルに変化が表れてしまうのは仕方のないことだろう。むしろ、正常な進化と言っていいのかもしれない。では、この両者には一体どんな違いがあるのだろうか。まずは、その原点である古代アニミズム信仰を育んだ、わが国の自然環境について見てみよう。


 例えば、わが国に広がる森林の面積は、林野庁によれば約2500万haであり、国土の面積に対する森林の割合を示す「森林率」は、実に67%に及ぶ(国連食糧農業機関【FAO】によれば68・5%)。わが国は、世界一のフィンランドには及ばないものの、スウェーデンと肩を並べ、世界で3本の指に入るほどの豊かな森林率を誇っているのだ。まさに、世界有数の森林に恵まれた国である。しかも、島国であるわが国は暖流と寒流に挟まれた抜群のロケーションに位置し、350種類以上に及ぶ豊富な水産資源にも恵まれている。水産庁によれば、6300近い数の漁村が沿岸部をなぞるようにほぼ6kmごとに点在しており、こうした国は世界的にも日本くらいなのだとか。実は、それだけ私たちの住む日本という国は、世界有数の自然環境を誇っているのだ。ものすごく贅沢な話である。


 実際、海外の知人に聞いても、この日本固有の自然環境に憧憬を抱く者も少なくない。「日本に来たら、行きたいところはどこか?」と尋ねると、都心部のみならず、地方の自然豊かな田舎町を回りたいと要望されることも多い。香港の友人などは「今は四国も人気」と言っていたが、中国に行かれた方ならおわかりのように、山間部は岩盤剥き出しの岩山が目立ち、日本のような青々とした山林を拝むことはなかなかできない。中国の森林率は2割程度にとどまり、森林面積そのものは1億7500万haと日本の7倍もの広さだが、国土面積が日本の約25倍であることを考えると、必ずしも高い数値とは言えない。逆に中国の場合、そこに莫大な人口と深刻な環境破壊が重い負荷をかける。そう考えると、私たちを取り巻くこの自然環境がいかに魅力的なことかよくわかる。


 ただ、こう書き並べると、「さすがは日本人。やはり、自然との共生を心得ていたんですなぁ」などと自画自賛してしまいたいところだが、残念ながら、そうとは言い切れないところもある。なぜなら、この高い森林率は昔から維持され続けてきたものではなく、ここ40年程度の話だからだ。逆に、この長い歴史の中で、過度に森林伐採を行っていた時期もある。江戸時代初期には、国情も安定し始め、城下町や城郭、武家屋敷の建設によって多くの森林伐採が進んだというし、太平洋戦争当時には、軍需目的で相当の森林伐採に及んだとされている。明治24年(1891年)の時点で、森林面積は約1700万haしかなかったと記録されており、森林率は45%程度に落ち込んでいたのだ。近世、近代においては、必ずしも高い環境意識があったとは言い切れないところもあるのだ。

 現在の森林率は、昭和23年(1948年)の国有林野経営規定による相応の伐採制限と植林政策の成果と捉えることもできるが、その背景には、木材輸入の自由化によって国内の森林伐採を抑えたこととも無縁ではないだろう。それだけに、高い環境意識に支えられてきたというのは、一部においては認められても、全体としては必ずしもそう言い切れない部分があるのだ。とはいえ、近年は高い森林率を維持してきたのは事実であるし、何より日本が、豊かな自然環境に恵まれてきたというのは明らかで、そこは説明の余地はないだろう。

 日本は、国土は狭いものの、富士山を代表とする高い山々をいくつも擁し、複雑な地形も広く点在している。そのため多様な気候風土が生まれ、多彩な森林構造が育まれてきた。しかも、国土は南北に長く、西日本には、落葉の少ない常緑広葉樹林に分類される照葉樹林が広範囲に分布し、これとは対照的に東日本には、落葉の多い落葉広葉樹林が分布している。そして、山岳地域に目を向ければ常緑針葉樹林があり、南方の沖縄周辺には亜熱帯雨林が分布するなど、この狭い国土の中に、実にさまざまな森林が顔を覗かせているのである。


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