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ルポ・エッセイ
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はじめに

『待つ力』
[著]春日武彦 [発行]扶桑社


読了目安時間:6分
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 精神科外来の診察室は、まさに診察と治療が行われる空間ですが、実際にはそれだけではありません。往々にして人生相談の場と化します。なるほど本人が困っている問題――仕事上のトラブル、家族のしがらみ、人間関係のもつれ、恋愛、進路、自己実現、金銭、健康、性癖等々――が解決すれば、症状が改善するケースは少なくありません。だがそう簡単に解決する筈はないのであって、だからこそ当人は身動きが取れなくなり、改善を模索するだけの心の余裕も失われているということでしょう。わたしが「ズバリ解決」なんて方法を示せるわけがありません。

 でもとりあえず話は聞き、せめて一緒に溜め息を吐いてみる。そんなことがすぐに役立たないことは百も承知で、話は聞く。喋る側も、こちらからの魔法の回答を期待しているわけではないようです。ではそのような会話は不毛なのか。時間の無駄なのか。決してそうではないところに人間の心の複雑さと面白さがあるように思われます。

 悩みや苦しみを自分の胸に仕舞ったまま耐えるのは辛い。無理に耐えていると、まさにストレスが心身を蝕むしばむことになります。そんなときに、とりあえず誰かに打ち明けてみる。愚痴をこぼしてみる。ぼやいてみる。相談してみる。どうもこのプロセスが重要らしい。損得勘定から言えば、打ち明けたり相談しても解決策を教えてもらえない限りは無駄ということになりましょう。が、実際にはそうではない。なぜか。

 困り事を自分の胸に抱えたまま、頭の中で考え悩んでいると精神的な視野狭窄(きようさく)状態になって、自分で自分を追い込みがちになります。現実感覚のバランスが崩れてくると言い換えてもよろしいかもしれません。そして妙に理屈っぽくなってしまい、身も蓋もない結論を導いて自ら絶望してしまう。理屈っぽいというのは、たとえば人間は所詮(しよせん)「食べて寝て排泄する存在でしかない」といった類の単純化ですね。味わいとか潤いとか趣とか、そうした曖昧(あいまい)な要素は独りで深刻に考え込んでいるときには無視されがちになる。けれども実際の生活にはそんな曖昧な要素こそが生きている実感として深く関わってくる。そのあたりのギャップが、独りで悩むことの問題点となります。自殺を考える人も、同じような(わな)(はま)っていることが多い。

 誰かに打ち明けたり相談するのは、詰め将棋のように解決を図るためよりも(もちろんそういったきわめて具体的なケースだってありますが)、むしろ精神的な視野狭窄状態と妙な理屈っぽさから抜け出すことに意味があるようです。さらに聞き手がいることで孤独感から解放され、思考に良い意味でのいい加減さが混ざってくる。「ま、とりあえずは現状維持で様子を見るしかないかな」とか「むかつくけど、考えてみれば誰だってそうだよな」「やっぱり思い過ごしだったか……」などと妥協や我慢、折衷の余地が出てくる。

 妥協は敗北でもなければ誤魔化しでもなく、大人の知恵です。とりあえずの着地点を見定めるだけのことであり、あとは情勢の変化と時間の流れに沿いつつベターな地点を求めていくといったきわめて現実的な戦略です。つまり困り事を打ち明けたり相談するのは、いかに妥協を図るかの「小さな練習」といったニュアンスがある。頭の中で思い詰めているうちは、妥協なんて潔くないし苦しみの先延ばしみたいに思えてしまう。それが錯覚でしかないと無意識のうちに気付けることが、あえて誰かに語ってみることの効用なのでしょう。


 さて、我々の人生は複雑で厄介千万です。どうしてこうも面倒なのかと天を仰ぎたくなってしまう。マーフィーの法則みたいな自虐的悲観主義へつい(くみ)したくなってしまう。つい腹立たしくなってしまいます。

 患者さんたちと喋っておりますと、どうにも苦しいやら泣きたくなるやら追い詰められた精神状態になるのには、煎じ詰めれば以下の二つが関係していることが多い気がします。

 トラブルがいくつも重なる。まさに「弱り目に祟り目」といった事態。

 どうにも動きようがなく、じっと待つしかない状況。そのもどかしさと不安。

 経験的に、これら二つが我々を苦しめる筆頭格のようです。においては、どこから手を着ければよいか分からない。おろおろしていると、あちらからもこちらからもアラーム音が不吉に鳴り響いてくるという状況ですね。マーフィーの法則的に申せば、「(うれ)しいことが次々に重なることはきわめて稀だが、困ったことや辛いことはいつもまとめて襲ってくる」となりましょうか。

 対策としては、とにかく気を鎮め、冷静に優先順位を決めて対応していくしかない、ということになります。まさにそれが正論ですけれど、ひとつのことに対処しているあいだは、他のことは放置してあるのと同じことになる。これが気持ちを焦らせる。その結果、上手くいく筈のことすら失敗していよいよ傷口は深くなる。完璧に悪循環へ陥ることになります。そこから脱出する方法とは何でしょう。
「いっぺんに全部解決する筈がないんだから、手を打ちやすいところから順番に対処していくしかない。問題は、まだ手を着けていないものが沢山あることへの不安と焦りだ。だがその不安と焦りが失敗を招く大きな要因なのだから、腹を据えて居直るしかない」

 といった当然至極な話になる。気が利かないなあと思われるかもしれませんが、仕方がありません。もはや方法論でなく心構えの問題ですね。わたしが強調したいのは、具体的な方法論においては画期的なものがなくとも、心構えのほうを調整することで乗り切れるものだ、ということです。それなりに納得さえしていれば、心構えひとつで結構どうにかなる。

 ここでが関わってきます。ひとつのことに全力で対処しているとき、他のことは「待つ」「待たせる」という状態になります。我々の精神にとって、「待つ」ということほどストレスフルなことはないようです。人間が宿命的に自覚している無力感、自分の力だけではどうにもならないことばかりだという認識、それを剥き出しにされて塩をすり込まれるのが「待つ」を強いられているときです。もちろんスターバックスで注文の順番待ちをしている程度ではそこまでの実感はないでしょうが、我々の暮らしの中にはもっとシリアスな「待つしかない」がいくらでもあるじゃないですか。


 本書は、「待つ」という営みについて考える本です。待つということに付随するさまざまなイメージや精神現象を眺めつつ、「待つ」という心構えを見つめ直し我がものとする――たった「それだけ」の本です。でも、それだけのことができずに空回りしている人がいかに多いことか。何らかのヒントになれば、この本を読んでいただいた甲斐があるというものです。
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