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ルポ・エッセイ
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◆悠長か短気か

『待つ力』
[著]春日武彦 [発行]扶桑社


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 評判のラーメン屋だとか目新しいスイーツを売る店の前には、長蛇の列ができています。ディズニーランドへ行けば、二時間待ちのアトラクションも珍しくありません。Appleの新製品やiPhoneの新型が販売される前の晩から、店の前で待つ若者たちの姿がしばしばテレビで報道されます。お盆や年末年始の帰省ラッシュでは、毎年懲りることなく渋滞が繰り返されます。こうした光景を眺めますと、ああ日本人はなんて気が長い国民なんだろうと思いたくなる。少なくともわたしだったら、順番待ちをしてまでラーメンなんか食べたくないし(それだったらカップヌードルで構いません)、帰省もしません。

 いっぽう、メールに対しては速攻で返信しないと「ややこしい」ことになるようです。翌日になってから返信をしようものなら、無視しただの意地が悪いだのと非難の的にされるらしい。パソコンを立ち上げるまでの時間が1秒短くなったと自慢げに宣伝がなされていたり、テレビ録画のスイッチを入れてから作動するまでの時間の速さを誇っているレコーダーもあります。本を通販で注文すると、朝にオーダーすれば当日には届きますし、そうならないと理不尽な気持ちになる。エスカレーターの右半分(関東の場合)を歩いて行く人たちの速度はかなりのものです。こうした事実に接してみると、日本人は「せっかち」ではないかとも思えてくる。

 いったい日本人は「ゆったり」型なのか「せっかち」型なのか。もちろん個人差はありますし、地域差もあるかもしれない。ただしわたしはここで、あるデパートの地下での出来事を思い出すのです。

 新宿のIデパートの地下にはスーパーマーケット方式で食材を揃えられる区画があります。客が自分でポリ袋に入れなくても、会計の場で店員が詰めてくれます。さてレジで並んでいたら、わたしと妻の前に、顔と体型が河馬(かば)みたいなオバサンがいました(見るからに裕福そう)。彼女はカードで支払いを済ませようとしたのですが、決済を終えた瞬間に、「あ、間違えた、ごめんなさい」と店員に言いました。使うべきカードを間違えたというのです。こうなると、買い物の品目と値段をあらためて手で打ち込み直さねばならない。手間も時間も掛かる。河馬女は店員に「ごめんなさい、わたしってほんとにうっかりしてるんだから」などと卑屈に謝っている。もちろん店員が「ふざけんじゃないよ、この間抜けな河馬女! どのカードだっていいじゃないかよ、面倒なことをさせるな、混んでるんだから」と悪態をつく筈がありません。丁寧に応対をしている。その丁寧さに嬉しくなって、河馬女は相好を崩し店員に対して世辞を口にしている。

 わたしはこの河馬女を観察しながら、むかむかしてきました。まあカードを間違えるといった失敗は仕方がない。だが、あんたは謝る相手を間違えていないか。あんたのために余計な時間を浪費させられている客――あんたの後ろにずらりと並んでいる客たちへ向かって謝るのが筋ってものだろう。背中には目も向けようとせずに、自分の娘くらいの年齢の店員へ盛んに詫びを言っている視野狭窄の間抜けな河馬女を見ながら、こういう奴を「育ちが悪い」というんだよなあとつくづく思ったのでした(適切な相手に適切なタイミングで、さらに適切な言葉できちんと謝ることができるかどうかは、まっとうに育てられたか否かの目安であります)。もっと別の理由ならば鷹揚(おうよう)に待っていられたでしょうに、こんな頓馬で下品な人物のせいで三分以上も浪費させられたと思うとむやみと腹が立つばかりです。わたしは、まさに「せっかち」人間と化してしまった。

 ここで言いたかったことは何か。しかるべき理由があり、なおかつアンフェアなことがなされないといった前提があれば、結構長時間でも待つ人は多い。我慢もできる。しかし図々しい奴や恥知らずな奴がいたり、こちらを「ないがしろ」にするような態度を取られると(あるいはそんな可能性が予測されると)、一刻でも人は待てない。いや、待たされることに腹が立つ。

 ですから、メールの返事を直ちにしないことが相手を見下しているとか、すぐに作動しないAV機器やパソコンはユーザーを軽んじている、即刻本を送り出さないのは商人としての誠意を欠く、エスカレーターの上でのろのろしている奴は迷惑な暇人とでも言いたくなる剣呑(けんのん)な空気がこの国には漂っているということなのでしょう。おまけに、デパ地下の河馬女みたいな礼儀知らずの間抜けがいるから、いよいよストレスは募っていく。

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