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まえがき

『なでしこ日本史』
[著]渡部昇一 [発行]扶桑社


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 ◎まえがき



 今から四十年前、アメリカに行った時、その数年前に出版されたベティ・フリダンの『フェミニン・ミスティーク』(邦題・新しい女性の創造)が話題になっていたのみならず、その本はウーマン・リブ運動が起こるきっかけとして社会的動力源になっていた。

 その頃、私は初めてアメリカのペーパーバックの厚い小説を読む楽しみを覚えた。たしか、ミズーリの大学の独身者用教員住宅でハーマン・ウォークのベストセラー小説『マジョリー・モーニングスター』を読んで興奮した時と、フリダンの本と出会った時がほぼ同じだったので、両方の本の意味がよくわかった気がした。

 マジョリーはユダヤ系の家の娘である。そして才能ある男性を憧れるが、後に典型的な郊外住宅の奥様になる。これはベトナム戦争が始まる前のアメリカの極盛期に成功した中産階級になった女性の姿だ。

 この外見的、物質的には言うことなしに成功した中産郊外族の女性の中に、何かしら満たされぬ不満があったことは、最近評判になったアメリカ映画『レボリューショナリー・ロード』(邦題・燃え尽きるまで)でも描かれている。マジョリー・モーニングスターが入った中産郊外族の主婦のような人たちの不満をえぐり出したその人が、フリダンだったのである。

 フリダンはスミス・カレッジというアメリカの名門女子大学(セブン・シスターズの一つ)の同級生の卒業生が、卒業後約二十年経った頃に、どのように感じているかについて調査した。そして、高い教育を受けた女性たちの大部分が、自分の人生の意味、自分というもののアイデンティティを夫や子供を通じてしか見出せないようになっている社会制度の犠牲者であることを発見したのである。

 この本は巨大な影響力を発揮した。フリダンはNOW(the National Organization for Women 全米女性機構)を指導し、その後のアメリカの社会、従って日本の社会をも変えることになったのである。

 女性の社会進出は二十世紀後半以降の世界的大事件であり、フリダンの著書を「二十世紀の最も影響力のあったノンフィクションの一つ」と彼女が亡くなった時、ニューヨーク・タイムズは書いた。

 確かにフリダンの始めたウーマン・リブ運動(Women's Liberation Movement)は過激であった。幼児教育書で有名なスポック博士も、その著書が女性のアイデンティティを家庭に置くものであると批判され、講演活動もウーマン・リブに物理的に妨害されてできなくなったのである。それで彼はウーマン・リブのリーダー格の美女と結婚することになった。これは私が彼の口から直接聞いた話である。

 このベティ・フリダンを筑波大学で開催した国際シンポジウムに招くことになった。故・福田信之副学長と松田義幸教授(現・尚美学園大学学長・理事長)が中心になって発案されたことであった。この時、私はウーマン・リブの理念が、日本では通用しないように思っていたので、フリダン女史に直接質問した。
「あなたの主張は、キリスト教・ユダヤ教を信ずれば、宗教的にはバイブルに反しているし、進化論を信ずれば、生物学的に人類五十万年の歴史に反している。これをどう思われるか」

 フリダン女史は旧姓がゴールドスタインであるから、ユダヤ系の人だと私は推定していた。ユダヤ教なら男尊女卑だ。進化論で言うなら、男が妊娠・授乳できない以上、男女の別は疑うべくもない。この私の意地悪(?)な質問に対するフリダン女史の答えは見事でもあり、意外でもあった。
「ウーマン・リブ運動は、確かにはじめは男性を敵とする運動でした。しかしそれは第一段階のことでした。今は男と女は協同してやってゆくという第二段階です」

 もうアメリカでは第二段階に入っているというのだが、彼女は筑波会議のシンポジウムでは第一段階のウーマン・リブの主張をしていた。日本の女性は遅れていると思ったのかもしれないが、それには憤慨する日本の女性もいた。

 その時、私が思ったのは、ウーマン・リブが達したという第二段階に日本は神代から到達していたのではないか、ということである。

 キリスト教でもイスラム教でも、ユダヤ人の聖典である旧約聖書を聖典としている。ここには神様が最初に造られたのはアダムという男であり、そのアダムを慰めるためにイブをアダムの肋骨から造ったと書いてある。しかし、そのイブは、アダムにすすめて禁断のりんごを食べさせて楽園追放の原因をつくったことになっている。

 一神教の根本聖典を素直に解釈すれば、女は男に従属する者であり、男の堕落のもとになる者である。そう考えると、この聖典に最も忠実に従っているのは、一神教の中でも、イスラムなのではないかとも思われてくる。

 これに反して、日本では最初から男女は支配関係ではなく相補関係であった。日本の国造り神話は男女共同作業だ。しいて言えば、男が最初に女を誘うという順序があるだけである。しかも、日本の神話では、女神が皇室の先祖神であるが、神話時代以後では男系が天皇になる。男と女の関係は一方的でないということが、神話の時代から日本人の意識、あるいは潜在意識の中にある。平和であれば、女性文化という世界に類のない平安時代もあるし、戦争が多く、武家の時代になった時も、幕府をつくるのに男の頼朝に劣らぬ働きをした北条政子もいた。

 争いが多かったり、また避妊薬や電気器具等の便利なものの発明がなかった時代の「家事」の重要性は今の人には想像がつかないほどのものであったから、女性の家庭外での働く場は極めて限られていた。

 しかし、日本では宗教的に(神話の時代から)、女性を蔑視する根拠がなかった。儒学にはそれがあり、儒学の強いところでは女卑思想が現れたが、土壌としての日本社会は一神教や儒教の国とは違っていた。

 ウーマン・リブが盛んになって、日本でも先鋭な運動が流行するかとも思われたが、そうはならなかった。大部分の家庭では、主婦がウーマン・リブ的に解放されることを望んでいなかったからであろう。初めから日本の社会は、フリダン女史の第二段階、ひょっとしたら第三段階(これについては彼女は言及していない)に入りやすい人間観を共有していたのではなかろうか。

 だいぶ前に、私が日本の古代や中世の歴史を書いた時(『日本史から見た日本人』古代編・中世編)、そこに出てくる女性の中に、特に高貴な階級や武家社会で、悪女というものが見当たらないことに新鮮さを感じた記憶がある。シナの歴史やローマの歴史などを読めば、日本では考えられないような身分の高い悪女、しかも凶悪な女がしばしば出てくる。日本にそれがないのはなぜなのか。

 考えれば、自分が育つ時、母も祖母も姉たちも、限りなくやさしい人たちだった。親類の伯母たちも従姉妹たちもそうであった。それで私は西洋によくあるらしいミソジニスト(misogynist 女嫌い)になる可能性がまったくなく育った。

 そういう私に日本女性の歴史を書くことをすすめて下さったのは育鵬社の真部栄一氏と大越昌宏氏である。取り上げるべき女性を選ぶに当たって、また原稿の整理に当たっては大越氏の協力を得た。両氏に深く感謝する次第である。


 平成二十一年四月、公園の若葉を見ながら
部 昇 一 
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