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日本史の中の世界一
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歴史
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「日本史の中の世界一」について

『日本史の中の世界一』
[責任編集]田中英道 [発行]扶桑社


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●「日本史の中の世界一」について
田中英道 


 「世界で最も良い影響を与えている国はどこか?」というアンケートの結果、日本が一位であった、と外電は伝えている。これはアメリカのある大学が、イギリスのBBCワールド・サービスと共同で行った世論調査によるもので、世界三十三カ国の人々が参加し、三十一カ国の人々が日本が「好影響を与えている」と判断している。

 この調査では、日本が二〇〇五年から連続三年も第一位の座を保っている、というところから見ても、世界で定着している見方といってよい。この場合の世界一は、実質的に何か、という内容を表すものではない。日本が世界の中で、好ましい国である、という相対的な印象を示しているにすぎない。

 しかし日本には、その好評に十分に応え得るだけの世界一の好ましい事実が数多くあることを、世界の人だけでなく、日本の人々もあまり知らない。

 だが、世界一のものとは、客観的に見て何か。

 この問いには、ある普遍的な価値観がなければ回答が得られない。よくナショナリズムの発揚に、お国自慢を語る場合が多いが、そうしたものに基づく世界一では説得力を持たない。

 また、ギネス・ブックに載せてあるような、ジャンルを問わない、空間的、時間的な数の多少は、世界一といっても内容が空疎なものが多い。あるいはオリンピックのような、規則の中での競争による記録は、判断が簡単であり、世界一はつけやすいが、単なる物理的、身体的能力の競争では、その背後に国家的な強制力が働きやすく、あまり結果に価値があるものにはならない。それらは歴史的意味、精神史的な意味合いを持つものではないからである。

 世界一とは、たとえ小事であれ、それが何らかの形で、世界の文明観を一新したり、文化を一層深めたりする精神史的な価値がなければ意味がない。その文明的な価値、文化的価値には、そこに質的な優劣の判断が必要となってくる。この場合、文明とは政治・社会・文化を含む総体的なものであり、文化は宗教、思想、科学、芸術を示すものである。文明は、質的になかなか優劣はつけにくいが、文化の方は可能である。

 無論、質の微妙な優劣の問題では、数的な大きさも判断の材料になろう。その価値の創造にあたって、それだけ大きな力を結集し得たのであり、大きさも美となり得るからである。確かに経済的な問題では、数が重要なファクターになる。


 ところで、なぜ今、世界一を語るべきなのか。

 第二次大戦後、西洋の覇権は崩れ、植民地も基本的には解放されていった。それには日本も貢献している。しかしそれに代わる、戦後の冷戦と核脅威のおかげで、東西の世界一は米国とソ連の軍事力とされ、他のさまざまな世界一の話題はあまりされなくなった。戦後という明らかな軍事競争の時代には、世界一はそこに収斂(しゆうれん)され、米国とソ連が世界一に君臨し続けているように見えたからである。

 だが、一方の雄、ソ連はあっけなく崩壊してしまった。米国も圧倒的な世界一の地位は揺らぎ、世界は冷静な目で、文明、文化を見ることができるようになった。戦後は交通機関の発達のおかげで、多くの人々が世界を比較する旅行が可能となり、自国以外のさまざまな歴史的な事実を目にしている。そうした価値判断のもとで、世界一の事象がいったい、日本の歴史の中で、どれだけあったのだろうかという問いは、初めて意味を帯びてくるのである。

 日本は第二次世界大戦に参戦したが、その敗戦によって、反省というの名のもとに、極端な過去の日本否定が始まった。それと同時に過去を否定する社会主義思想が重なり合い、歴史教育は惨憺(さんたん)たるものになった。階級史観が取り上げられ、貧困を克服する闘争の歴史が喧伝(けんでん)された。

 ソ連や中国を模範と思う教師が多くなり、日本の文化は中国・朝鮮からの移入という認識がつくられ、日本的伝統が否定された。知識人の西洋信仰も高まり、リベラル派が欧米一辺倒、社会主義派はソ連・中国一辺倒になり、これがおよそ一九八〇年代までの知的情況であった。その頃までは、日本には悪い事以外は、世界一のものなど何もありはしない、というような教育がなされたのである。

 しかしソ連圏の社会主義の崩壊、中国の資本主義への変貌により、変化が生まれてきたのが九〇年代であった。日本が世界経済第二位の地位となり、経済大国が揺るがない、と感じる日本人の自信が回復されるにつれ、それにふさわしい歴史認識が必要になったのである。

 しかし戦後五十年間の、そのような日本否定史観を新たに変えて行くには時間がかかる。この時代に育った世代がまだ支配的な学界では、歴史観を変えるには、さまざまな変革が必要なのだ。

 一方では、それを「グローバリゼーション」下の「多元主義の時代」と認識し、国を云々する時代ではなくなったという知識人もいるが、それは資本主義の国際化を誇張したまでで、逆に冷戦のしばりがなくなり、国家がそれぞれ自立していく傾向は顕著になっている。ヨーロッパ連合といいながら、どの国も合併しようなどとはいわない。単なる経済的ご都合主義なのだ。逆にそれだけ、日本とは何が特色なのか、世界で、どのような位置づけがなされるのか、という問いに答える必要が出てきているのである。


 この書は、日本の誇りを取り戻すためだけではなく、そうした歴史観を変えるべき、日本の価値を再検討する試みである。

 ここでは日本史上、世界一と認定できる物事を五十項目挙げたが、日本史にこれほど多くの世界一があるのか、と驚かれる人々もいるかもしれない。はたまたナショナリズムの発露と取る人もいるであろう。しかし一つひとつ実態を把握すれば、なるほどと首肯(うなず)く人も多いと確信している。世界一と即座に認めない人々も、日本の独自性は、世界でもユニークである、と思われるであろう。少なくともその価値は、もっと知られてもいいことばかりなのである。

 本書のように、日本史が世界史の中に位置づけられ、なおかつ、それとの比較の視点によって書かれた本はほとんど見当たらない。本書を世に送る理由もそこにある。
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